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2021年08月02日23:31

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本当に藤本タツキ『ルックバック』に問題はあったのか

■話題漫画『ルックバック』不適切表現の指摘で一部修正 編集部「偏見や差別の助長につながることは避けたい」
(ORICON NEWS - 2021年08月02日 12:53)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6614437

 当該コミック『ルックバック』は、期間限定で無料配信中。全編を読んだ。
 どこがどう修正されたかも、ネットに比較画像がアップされている。果たして当初の表現が「不適切」であったかどうか、今なら誰にでも考察することが出来る。
 結論から言えば、この修正は「不当」だ。修正された表現でも、ストーリー展開上の辻褄は合うが、いささか「説明不足」になってしまう。最初の表現によっぽど問題がない限り、無修正のままの方がよいと判断するのが妥当なのではないか。
 ジャンプ+編集部にクレームを入れた読者が、本当に該当箇所を「問題表現」と見なしていたのか疑わしく思う。これも昨今の「過剰な表現規制」の実例同様、「自称正義マン」による愉快犯的な「言葉狩り」に過ぎないのではないか。

 『ルックバック』のストーリーを簡単にまとめるとこうだ。
 二人のマンガ好きの小学生女子がいる。主人公はクラスでの人気も高く、ストーリー作りの才能もある。もう一人は不登校のヒキコモリで、でも背景美術の腕前はプロ顔負けだ。二人は偶然出逢い、お互いの中に自分にはないものを見つけ、「合作」をするようになる。成長し、高校生になり、本当にプロになる二人。しかし、やがて分岐点が訪れる。
 ヒキコモリの女の子は、「もっと絵が巧くなりたい」と思う。美大に進学し、主人公とは離れて暮らすことを選択する。しかし、その直後に――校舎に乱入した不審者に、惨殺されてしまうのだ。主人公は苦悩する。
 私が、マンガの道に誘いさえしなければ、あの子は死ななくて済んだ――と。

 ここからの展開がまさしく涙を誘う感動の嵐を呼び込むのだが、それは当該マンガを配信期間中に、実際に読んで頂きたい。
 問題になった箇所は、ヒキコモリの女の子を殺した不審者の描写である。
 事件の新聞記事の見出しが紹介されるのだが、元の版では、犯人は統合失調症か麻薬中毒患者を想起させる表現になっている。それが改版では、殺害の動機が「誰でもよかった」と語られるだけである。これでは犯人がどのような属性の人間だったのかは分からない。
 実際の殺戮の描写では、犯人は明らかに実在の某アニメスタジオを放火し大量殺人を行った犯人を模しているという台詞を吐いていたのだが、それも完全にカットされている。改訂版では、むしろ案外冷静に大量殺人を行っている確信犯なのではないかという印象すら与えてしまっているのだ。

 少女を理不尽に殺したものは日常に潜んでいる狂気、最初の版は明らかに犯人像はそう設定されていて、だからこそ残された主人公の悲痛な叫びが読者の心を打つことになる。作者の藤本タツキ氏の制作意図も、それを伝えることにあったのだろうと思われる。被害者への鎮魂――作者の思いはそこにあり、その思いを読者も確実に受け取っている。最初の版を読んだ者は特に。
 そしてアニメスタジオ事件に代表されるように、現実にもそのような事件はいくらでも起きていることだ。だからこそ、この作中で描かれた「現実」を、「無難なもの」に描き替えてしまっては、そこに流れる深い思いをないがしろにしてしまうことになる。

 この表現によって、統合失調症患者らへの差別が助長されるかもしれないと不安視するのは、意識過剰に過ぎる。今回のクレームが、もしも統合失調症患者本人か、あるいはその関係者によってなされたのだとすれば、統失患者そのものを社会から隠蔽しようとする試みで、その方がかえって患者たちへの差別意識を助長することになるのではないか。
 「臭いものに蓋」って発想は「逆差別」だって、もうどれだけ繰り返して語られてきたのか分からないが、未だに人権意識の低いこの国では、表現倫理の主調が、ともかく「被差別者や被差別表現を隠蔽すれば、問題化することはない」というコトナカレ主義になってしまっているのである。

 Twitterに散見するマンガ家さんの呟きを見ていると、ほんのこの数年で、以前は許されていた表現に、どんどん規制が掛けられるようになってきているらしい。ともかく文句を付けられそうな表現は避けろ、××は登場させるな、××はこう描け、といった「命令」が、横行しているようなのだ。
 この十年以上、表現規制の問題が起きるたびに、漫画家が、評論家が、一読者のみんなが、口々に表現の自由を守れと連呼してきたはずなのに、結局はどれもが「負け戦」だったということなのだろうか。「これは規制されても仕方がない」って暢気なことを嘯いてる連中って、表現規制がどれだけ私たちから自由を奪う危険な行為であるか、果たして認識しているのだろうか。単に「勝ち馬に乗ろうとしている」ようにしか見えないんだよ。

 今回も「この修正はおかしいよ」と批判する声は決して少なくはなかった。しかし過去の表現規制の実例が示すとおり、いったん修正された表現が元に戻るということはないだろう。マンガ自体が封印されたわけではないからまだマシではないか、と言われるかも知れないが、現時点ではそれもどうなるか分からない。『ルックバック』は果たして単行本化されるだろうか。されてもすぐに絶版なんてことにならないだろうか。
 一度「問題を起こした」作品に対して、出版業界が必ずしも寛容ではないことも、私たちは経験則で知っているはずである。
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