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2021年04月15日21:53

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ユーモアを介さない人が増えているような?

昨今、笑いと言えば、人の失敗をあげつらう事のような演出が目立ち、笑うという本来の趣旨から離れて行ってしまっている気がします。

古典では、「おかしい=趣があって美しいさま」と習うわけですが、昔の人は「おかしい」という感情を趣があって美しいさまを見たときに感じたと言えるわけです。
今の状況が続くと、「おかしい=人の失敗をあげつらうさま」と後の世に伝わってしまうかも知れません。

お笑い番組などを見ても、もはやそこにはユーモアの欠片も残されていない気がするんですよね。

ユーモア:人間生活ににじみ出る、おかしみ。上品なしゃれ。人生の矛盾・滑稽(こっけい)等を、人間共通の弱点として寛大な態度でながめ楽しむ気持。

>>寛大な態度でながめ楽しむ気持。

見る側も、これが著しく欠如してしまっているような気がします。
いみじくも、月曜の深夜の番組で、司会者が愚痴っていた通りの話なのではありませんかね?
なぜこうなってしまったの?という話になるわけですが、結論から言うと、気持ちの余裕がなくなってしまったという事なんだと思います。
では、なぜ気持ちの余裕が無くなったのか?という話をすると、経済状況や社会環境にその答えを求めてしまいがちですが、それは間違いだと思うんですよ。
一番の理由は、

人と違う事に対して、極端に憶病になってしまった。

これではありませんかね??
だから、人の目が気になり、意に沿わなくても人と同じように行動し、好みじゃなくても同じような物を食べ、同じような服を着て、自分がやりても人と異なる動きであれば、我慢し、その挙句ストレスを抱え、ピリピリしてしまっているのでは?
笑いの壺も、本来は人それぞれ異なるはずで、何処で笑うかでその人の品性がわかると言われていたわけです。
ですが、昨今、何処の局を見ても、同じようなタレントが出ていて、同じような話をしているわけですよ。昔は、お笑いと括っても、多種多様なTV番組があったわけです。今では落語や漫才なんて笑点くらいでしかTVではみませんよね。
笑いの壺すら、管理されてしまっていると言えてしまうわけです。
自分の好みでもない番組で、同調で笑う事を強要される番組を見させられているわけですよ。
そりゃ、寛大な気持ちでなんて見ていられませんよね。
で、それがそのまま実生活でも引っ張っているわけですよね。

TDLに大挙して押し寄せていますが、本当に好きで言っている人が何人いるんですかね。
行かないと話についていけなくなるからと言う理由で言っているのではありませんかね?
双子コーデというのもその最たるものですよね。
仲良しだから一緒の服、一緒に行動するから同じ服って、タイプが異なるスタイルと顔の二人が、同じ服を着た場合、どちらかに寄せた服か、間を取って二人ともに合わない服装を着たりしてるわけですよね。
そんな無駄なストレスを抱えるような生き方をしていて、ユーモアなんて感じられるわけが無いんですよね。

顕著なのが下ネタ。

下ネタ=下品=口にすると嫌われる=否定する。

こういう図式が刷り込まれていませんか?
今の下ネタは下ネタではなく、尾籠な話である事が多いんですよね。
だから嫌われて当然なのですが、これを下ネタと言っているのが大阪芸人だったわけですよ。本来なら「下ネタ」と呼ばれる話は、ユーモアの範疇であったにも関わらず、尾籠な話を下ネタと言い続けた結果、下ネタとカテゴライズするだけで、内容に関わらず忌避されてしまうわけです。
局部の話や排せつ物の話は、下ネタではなく、尾籠の範疇なんですよね。

日本の昔話の類には、下ネタが巧みに使われていたりするわけですが、下ネタをユーモアと解せなくなってしまったら、そりゃ面白みなんてわかるはずが無いんですよね。

個性の時代と言うわけですが、古の感覚を否定するだけで、確かに昔の人とは違うのかも知れませんが、横を見れば、見えるところは個性も何もない画一的な人になってしまっているのではありませんかね?

暗い気持ちを引きずらないという話から始まるわけですが、そもそも、その暗い気持ちに何でなってしまっているのか?という根本原因が、人と違った事をし、その指摘あるいはその反省から来るものであったのなら、書かれている内容はむしろ、逆効果だと思うんですよね。
暗い気持ちを引きずっているのであれば、その原因は何?という話なのではありませんかね?
失敗なんて誰でもするわけですが、それをいつまでも引きずってしまうのって、

人が出来ているのに、自分が出来なかった。

こういう類の反省だった場合、利他主義や、禁欲って逆効果なのではありませんかね?

人と違って当たり前
人が出来て自分が出来ないのは、単に能力不足。
能力不足なら、出来るように能力を高めましょ。

こういう話で良いわけで、人の為に役立っている!なんて感覚は、人並みに物事ができるようになってから考えれば良い話なんですよ。
禁欲も、満ち足りているから効果があるわけで、渇望している最中に禁欲なんてやったら、絶望しか残らないのではないのでしょうか。

世の中、二極分化に進んでいるように見えて仕方が無いのですが、一方の人向けのアドバイスがもう一方の人には逆効果ってよくある話だとおもうんですよね。
読んで取り込むのは自分だと思うのですが、この「自分」という存在をもっと感じて考え、こうありたい自分ではなく、今在る自分を確認するのが先決なのではないでしょうか。






■沈んだ気持ち、うつ気分の解消に「禁欲」が効く!? 自分の心と上手につきあうヒント
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暗い気持ちを引きずらない! 心理学的に考える「心の防衛機制」
毎日はなるべく平穏無事にありたいもの。しかし、社会の中で生活している以上、何か予期せぬことが起きたり、失敗して気持ちが暗くなることは珍しくありません。

暗い気持ちを引きずりがちな人は、心理学でいう「心の防衛機制」を知っておくことが有効です。何か暗い気持ちになることが起きた時、自分の気持ちを守るためには、心の防衛機制が「成熟レベル」に達していることが理想的です。「心の成熟レベルが高い」とは、物事への応対が成熟した状態、つまり大人の考え方や対応ができる状態を指します。

では、物事に対するどのような心理反応が成熟レベルといわれるのでしょうか? 心の健康を保つための基礎知識として、「利他主義」「想定」「昇華」「抑制」「禁欲」といった心の防衛機制について、わかりやすく解説します。

誰かの役に立っている! 自分に自信を与える「利他主義」
「利他主義(Altruism)」は、成熟した心の防衛機制の一つとされています。皆さんは誰かの役に立てた時、嬉しい気持ちが湧いてきませんか? たとえそれが些細なことであってもなかなか気分が良いものです。

それは日常的な小さな親切から、災害時のボランティアまでさまざまです。日常的によく見かけるのは、電車の席を必要な人に譲る光景などでしょうか。

しかし、中には目の前に座席を必要としている方が立っていても、座席を譲らない人もいるでしょう。ひどく疲れていたから……といったもっともな理由があるのかもしれませんし、もしくは自分だけ楽であれば良いだろう……という考えがその時に出てしまったのかもしれません。

大変苦しい状況下であれば、自分のサバイバルが優先されやすいものですが、一般的に「周りの役に立っている」という意識は自分に価値を見出し、自分に自信を与える大きな原動力になるものです。

一方で、自尊心が低下している時は、精神医学的に、うつ病的な心理傾向が現れていると捉えることもできます。自分に自信がなくなれば、何事にも消極的になり、抑うつ感がさらに深まってしまうかもしれません。

そんな時には、周りの役に立つことを意識してみてください。自分の自尊心を高め、抑うつを未然に防ぐことができるかもしれません。

それで大丈夫? 失敗を未然に防ぐには「想定」が大切
現実をあまり考えずに行動すると、後に大変な思いをすることは多いものです。たとえば、後先を考えずに衝動買いをして、後々苦労したといった経験はないでしょうか?

通常何かをしたくなるということは、もちろんその良い面がはっきり見えたときだと思いますが、それで失敗したとなれば、決断した時に悪い面をしっかり見れていなかったともいえます。原因はその状況にもよりますが、心の防衛機制の一つ「想定(Anticipation)」が足りなかった可能性があります。

想定とは、簡単にいえば、物事に悪いことが起きる可能性をあらかじめ予期しておくことです。悪いことばかり考えてしまう「悲観」とは違います。もし何か良くないことが起き始めた時、必要な対処を迅速に取るためには、「あらかじめその可能性を想定しておくこと」が大切です。

「昇華」をして、ネガティブな気持ちを切り替えましょう
社会の中で生活している以上、それぞれ個人が何らかの苦手意識やコンプレックスを抱えているはず。こういったものが何かをきっかけに刺激されれば、心の平穏を保つことも難しくなるでしょうし、時には心身の健康を損なうまでに発展する恐れもあります。

こうしたネガティブな心理を適切に対処することは、心の健康を維持していく上で重要です。そのためには、心の防衛機制の一つ「昇華(Sublimation)」を知っておくと良いかもしれません。

昇華とは簡単にいえば、「心の中にある劣等感といった負のエネルギーを良い方向へ向け直すこと」です。

たとえば、自分に何かしら欠点があり、それをからかわれれば、誰でもあまり気持ちの良いものではありません。しかし、そんな心の葛藤をバネにして、頑張り続け、克服、もしくは見返すことができれば嫌な気持ちも晴れることでしょう。昔の偉人が苦難を乗り越え、勉学や仕事を極めた……という話は、昇華の理想の姿でしょう。

葛藤がある時には誘惑や欲望に注意! 「抑制」と「禁欲」
エネルギーを向ける方向を間違えないためには、心の防衛機制の一つ、「抑制(Suppression)」も重要です。心に葛藤が強まっている時、人によってはギャンブルやアルコール、ゲームといったものが普段以上に魅力的に見えるものです。

こうしたものへの欲求をしっかりコントロールすることが抑制です。これができている方は、既に心の防衛機制は成熟レベルといえるでしょう。

食欲、性欲、金銭欲……。欲望は毎日を頑張る原動力にもなれば、トラブルの要因にもなり得るもの。欲望に負けてさらなるトラブルを招かないためには、前述の「抑制」が重要になってきますが、少し極端にいえば「禁欲(Asceticism)」という選択肢もあります。

実は、禁欲も成熟した心の防衛機制の一つとみなされています。実際、酒を断つ、ギャンブルを断つ、あるいは贅沢を控えて質素に暮らす……など、禁欲の内容は人によって変わりますが、何らかの欲望を抑えることで心が平穏になった人は少なくないはずです。

禁欲は決して世の楽しみを捨てる……といったわけではなく、何か特定の、好ましくない結果を生み出す欲望に気がとらわれないように、あえてそれに近づかないといったように考えてみるとどうでしょう。

以上、成熟した心の防衛機制とされる、「利他主義」「想定」「昇華」「抑制」「禁欲」について、詳しく解説しました。

では、最後にもう一つ、「ユーモア」について。気持ちを明るく、毎日の生活を楽にするためには「笑うこと」が一番です。サラリーマン川柳などは、まさにこの「ユーモア」が心の防衛機制としてしっかり作動して生み出された芸術作品といえるかもしれません。

何か嫌なことがあった時は、そんな気持ちを川柳にしてみるくらいの気持ちの余裕が持てたら、それから受ける心の辛さはかなり違ってくるでしょう。

中嶋 泰憲プロフィール
千葉県内の精神病院に勤務する医師。慶応大学医学部卒業後、カリフォルニア大学バークレー校などに留学。留学中に自身も精神的な辛さを感じたことを機に、現代人の心の健康管理の重要性を感じ、精神病院の現場から、毎日の心の健康管理に役立つ情報発信を行っている。
(文:中嶋 泰憲(医師))
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