ダン・タイ・ソン　ピアノリサイタル　

１０月１６日（水）１９：００　紀尾井ホール。

「録音なのに、こんなにきれいな音！？」　今から３５年前、ＦＭを聴いたときの驚き。
純度が高く、温かみがあって、自然で心地よく、どこまでも上質。

ベトナム・ハノイ出身で、今年６１歳。
ベトナム戦争中、防空壕で紙に鍵盤を書いて練習を続けた人。
モスクワ音楽院で学び、１９８０年ショパン国際ピアノコンクール優勝。
２５年前チケットを取ったのに当日行けなくなったから今回初。
ついに生の音を聴けるので、とても楽しみにしていました。

★シューベルト　ピアノソナタ第１５番　Ｄ８４０「レリーク」
３、４楽章は未完のため、１、２楽章のみ演奏。
シューベルトのソナタは・・・抑揚がなく、繰り返しが多く、良さがわからない。
技巧も目立たないので、聴いていて気付くと時間が過ぎている感じ？

★ショパン　ワルツ９番「告別」、４番、７番
９番と７番はゆっくりと深く歌って、テンポが揺れました。でも感情におぼれすぎない。
通称「猫のワルツ」の４番は意外。超速でクリアな音を想像していたら、見事外れました。
こんな表現もあるんだ、と少しとまどいました。

★ショパン　マズルカ風ロンド　ヘ長調
ショパンはロンドを４曲作りましたが、どれも習作。遠慮なく言えば駄作。
旋律に頼り、思いついた技巧と和声を繋げて、内容は深くない・・・と思っています。
この若い作品を、世界一流ピアニストが弾くとどうなるか？
新しい発見。きちんと世界観のある音楽で、さらっと軽めに聴かせてくれました。

ここで休憩。ダン・タイ・ソンを聴くの、友達２人は数回目、私は初めて。
「思ってたのと違った。若いころの録音しか知らないから」
「ワルツがちょっと疲れてるなあって思った」　
「音はすごくきれい。特にｐｐ(ピアニシモ)とか」
「弱音ペダルけっこう使ってなかった？」
「それで音がこもってたのかな」等、音楽談義が楽しい。

★パデレフスキ　４つの小品　メロディ・伝説・夜想曲・メヌエット
パデレフスキはなんと、ポーランドの初代首相です。
メヌエットが有名。意外と技巧的でも派手さはなく、朗朗と歌っていました。

★ショパン　舟歌
今日一番聴きたい曲。この曲がなければチケット取らなかったかも。
ダブルトリルの完璧さはすごすぎて表現できません！　なのに技巧が目立たない。
右手だけで上下ふたつの旋律を歌うのも、微妙な強弱で主旋律・副旋律の差をつけている。
クライマックスは大音量で大波を突き上げるかと思ったら、穏やかな海のようでした。
緻密にコントロールしているのかもしれないけど、ただ弾くだけで音楽が溢れる感じ。
ちなみにショパンの舟歌は、バラキレフのイスラメイと共に、私のライフピース！
一生弾き続けるし、一生弾いても頂点に到達できない気がします。

★ショパン　ボレロ
マズルカ風ロンド同様、ショパン作品ではマイナーなので、逆に飽きません。
ボレロはスペイン音楽だけど、全くスペインを感じない。リズムがボレロなだけ。
２拍め１６分音符「タタ」でペダルを外すのは、私がこの夏OBコンサートのポロネーズで意識したところ。

★ショパン　スケルツォ第２番
バラード１番から変更になりました。正直、どっちでもいい・・・
決して演奏が悪いのではなく、曲的にどうにも飽きる。
でも力任せや雑とは真逆の、落ち着いた演奏でやはり自然でした。

ショパンコンクール覇者でも、２０代と６０代では解釈も表現も違うでしょう。
どちらが良いとかではなく、円熟味を増してなお、くつろいだ音楽を聴かせてくれる。
「すごい！！！」と圧倒されるのではなく、あたたかな気持ちに満たされる演奏でした。

アンコールは
★ドビュッシー　亜麻色の髪の乙女
なんと日本語で作曲家と曲名を言ってくれました。
中間色の色彩がいくつも織り成すような印象。

★ドビュッシー　パックの踊り
今日一番の演奏では？　いたずら好きな妖精パックが空を飛んだり、消えたり。
自由自在に妖精が舞っているようでした。

★ショパン　マズルカ第２３番
弾く前に日本語で「今日はありがとうございます」
ある意味、ショパンの作品でもっともショパンらしいのはマズルカではないかな。
ポーランドの土着が全面に出てくる。これも今日聴いたショパンで一番かも。

３人で「アンコールが一番よかったね！」
決めたプログラムピースが終わって、肩の力を抜いて、演奏を楽しんでいる。
ダン・タイ・ソンのあたたかい人柄がにじみ出るような、ホッとするリサイタルでした。