ミロクローゼおもしろかった。最初観たときはなんじゃーこりゃって驚きだったけど、2回目はこんなだったっけ、3回目は驚きもダウンしたけど、表層のエンタメ☆バーレスク、感動とアニメと色気と時代劇、おもしろけばいいじゃない、でおもしろかった。タイト
新しい神様おもしろかった。編集権は土屋豊がもってるけど、ほぼニアリーイコールに3人が、告白形式にその現在像を表している。(特に日本では)部分が全体になりえないと思うけれど、そうした場所だからこそ、デヴィッドグレーバーのアナーキスト的な話し合
アイドルとはなにか。理想の指針?観たら泡はいて倒れちゃうもの?永遠の指針?それとも失神?永遠なるビョーキ〜を自らに気づかせてくれるものなのかな。お友だちはそこにいる。 Night Changes
こないだ、街の上で観たけどおもしろかった。女優陣が素朴感でていてよかった。友人が主宰するアクターのワークショップに行かしてもらっていたときとか、とてもアクターを大事にしてるな、彼らがつくるものもそうだな、と思っていたけど、濱口竜介や今泉力哉
GWは、前から観たかった新しい神様がユーチューブにあったので、それとポストサンタフェの頃の宮沢りえの悪魔をやっつけろもあったので、でもって、宮沢のおしゃれ泥棒もあったので、レンタルしたミクロネーゼ共々でいいかな。こんな番組あってたの知らなかっ
再結成以後の活動はどうなってるのかな、今井は議員活動の合間にやれないのかな? フェアリーズ解散してたんだ。アイドル下克上の時代でも、あややのご主人がやってるユニットのように、アイドルが'在る'時代において王道のまま、その地位あるがままにできな
悪魔をやっつけろおもしろかった。ジョンヒューストンで主演はボギーということしか知らず、事前になにもチェックしなかったが、シアターに入り、パンフをさっと読むと、なんとジェニファージョーンズとジーナロロブリジータが共演ってことで関心がいく。ヒュ
さて、どれを観たいかというと、るろうはレンタルでいいしレンタルで出ても観ないかもしれないし(最初のは観たと思う)、エヴァは序もどんなだったかほとんど覚えてないし観るなら序から始めなきゃならないので面倒だし、キメツは全くチンプンカンプン。いく
501 The Night Won't Scare Me / Josh Klinghoffer Let The Bad Times Roll / The Offspring Who Do You Want To Be / Oingo Boingo https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979058852&owner_id=2566286502 オリビアを聴きながら with 東京スカパラ
きみの鳥はうたえるおもしろかった。次第と音が聴こえてくる。染谷が帰ってくるとき石橋のショット、フレームの外にいる染谷の様子が感じられる頃から音に意識がいく。染谷と石橋の様子を見るときのキツネ目がさらに目じりがあがってジェラスるような表情の柄
The Night Won't Scare Me Let The Bad Times Roll Who Do You Want To Be
に〜し〜感染拡大のやーまー ひが〜し〜蔓延防止のなみ〜 はっけよい、のこったのこらないのこったのこらない、ほんとオリンピックどうするんやろ 無理や。オリンピックでうかれている暇ないんちゃうやろか。。国は威信をかけてるんだろうけれど、国民は
『秘密のかけら』 『手紙は憶えている』はその時空間の配列、バーナードハーマンのような音楽と相まりなにか、ここ20年間のクローネンバーグ、或いは『ヴィデオドローム』な感覚をおぼえたが、この作品は同じように、それも濃厚にハーマンのようなサウンド
How This 30,000-Year-Old Figurine Continues to Captivate Today Venus of Willendorfhttps://mymodernmet.com/the-venus-of-willendorf/
I Won't Feel Bad Something About You You Are The Universe
美人が婚活してみたらおもしろかった。お気づきなように、最近は観てすぐに即興書きはやめて、長くはねかせないけど、ちょっと考えて書くようになってる。書いてしまったら、もうほとんど中途半端にも関わらず、もうその作品とは意識がバイバイとなっちゃうの
mid90s ミッドナインティーズおもしろかった。ラリークラークやナンゴールディンのようなMy Tribeの切り取りのようないでたちながらも、ジョナヒルはやはりアクターだからかな、セリフはそう多くなくとも、少ないセリフや目線で、人物たちの志向対象を目定め
窮鼠はチーズの夢を見るのPSとして、スコセッシリンチニーチェ的参照において、主人公は遂には超人志向として表されていたのか、或いはフツーに観て、只の人には優しいけれど結局は自分が大事な場所にとどまりたいナルシスト的自分好き好きな人物だったのか、