80年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」は1月6日、後楽園ホールで開幕。キラー・カール・クラップ、ジプシー・ジョー、チーフ・ホワイト・フェザー、ケビン・ヒューズの外国人勢が参加していますが、本当はここにダイナマイト・キッドの名前がありま
79年国際プロレス「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」11月16日、和歌山県立体育館大会セミファイナルでは前日の飛騨高山大会でエース争いを巡って乱闘となったモンゴリアン・ストンパーとアレックス・スミルノフが6人タッグで激突。ストンパー&上田馬之助
79年国際プロレス「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」11月12日、新潟・小出郷体育館から特別参加したバーン・ガニアはセミファイナルでマイティ井上と対戦。両者は74年11月21日、大阪府立体育会館でガニアがAWA世界ヘビー級王者、M井上がIWA世界ヘビ
79年国際プロレス「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」11月12日、新潟・小出郷体育館からAWAの帝王、バーン・ガニアが5年ぶりに特別参加。前シリーズのAWA世界ヘビー級王者、ニック・ボックウィンクルに続き、AWAから超大物を連続招聘しました。前
79年国際プロレス「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」は11月1日、高萩市民体育館で開幕。モンゴリアン・ストンパー、アレックス・スミルノフ、ジプシー・ジョー、キューバン・アサシン(1号)らの外国人選手が参加。また、AWAの帝王バーン・ガニアが中盤
79年国際プロレスの「ダイナマイト・シリーズ」終盤戦は連日タイトルマッチが組まれました。10月3日、青森県黒石市中央スポーツ会館ではラッシャー木村の保持するIWA世界ヘビー級王座にカナダの荒熊ジョー・ルダックが挑戦(61分1本勝負)。試合は直線的な
プロレス夢のオールスター戦も終わり、国際プロレス79年「ダイナマイト・シリーズ」は9月9日に後楽園ホールで開幕。国際初参戦となるジョー・ルダック、初来日のパット&マイクのケリー・ツインズ、チン・リーがシリーズ全戦参加。 新日本プロレスからは上
79年8月26日、日本武道館で行われた「プロレス夢のオールスター戦」第6試合は今大会唯一の新日本プロレスと全日本プロレスの対抗戦となった坂口征二(新日本)vsロッキー羽田(全日本)のシングルマッチ(45分1本勝負)。試合は坂口が最初から「格の違い」を見せ
東京スポーツ新聞社創立20周年記念事業「プロレス夢のオールスター戦」(79年8月26日、日本武道館)、第2回記者会見が7月4日に東京・日比谷の帝国ホテルにて行われ、馬場vs猪木戦は行わず、代替案として馬場と猪木のBI砲が7年8か月ぶりにタッグを組むこ
国際プロレス79年「ビッグ・サマー・シリーズ」7月19日、北海道・木古内町公民館から初来日のダイナマイト・キッドが参戦。58年12月5日生まれのキッドはこの時弱冠20歳。後年のパンプアップされた身体とは全然違いますが細い身体ながら動きの良さと度胸は一
79年6月14日、東京・日比谷の帝国ホテルにおいて、東京スポーツ新聞社創立20周年記念事業、「プロレス夢のオールスター戦」開催の記者会見が行われ、全日本プロレスの馬場、新日本プロレスの猪木、国際プロレスの吉原の3団体代表が出席。主催者である東スポ
国際プロレス79年「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」終盤戦。上田馬之助、マサ齋藤は新日本プロレスに復帰し、そのまま4月27日、横浜文化体育館での「第2回MSGシリーズ」に参戦しました。5月6日、後楽園ホールでは初来日の「ユーゴの鷹」ミレ・ツルノの
79年4月20日、富山市体育館(テレビ収録、観衆4,000人超満員発表)では約3年ぶりにラッシャー木村vs上田馬之助のIWA世界ヘビー級選手権試合が実現。R木村は79年に入ってからはアレックス・スミルノフ(1−2反則負け防衛)、ジョン・トロス(両者リングアウ
東京12チャンネル開局15周年記念、国際プロレス79年「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」は4月9日、後楽園ホールで開幕。シリーズには前回紹介した上田馬之助、マサ齋藤の狼軍団、スーパースター・ビリー・グラハム、ミレ・ツルノ、チャールズ・べレッツの新日
79年2月23日、新日本プロレスの「ビッグ・ファイト・シリーズ」開幕戦である千葉公園体育館(テレビ生中継、観衆3,300人満員発表)で星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズが保持して入るIWA世界タッグ王座に再びマイティ井上&アニマル浜口組が挑戦
79年2月5日、新日本プロレスと国際プロレスが擁立した日本プロレスリングコミッショナーに自民党の衆議院議員で元内閣官房長官である二階堂進の就任が発表されています。日本プロレス界の産みの親、力道山はプロレスをアメリカでやっている興行に倣うことな
新日本プロレスから乗り込んで来た星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズに団体の看板ベルトであるIWA世界タッグ王座を奪われた国際プロレスは挑戦者チームをマイティ井上&アニマル浜口組に変えて、「新春パイオニア・シリーズ」最終戦、1月29日、
79年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」は1月5日、宮崎・高千穂町体育館で開幕。同シリーズには元ラグビー日本代表から国際プロレスに入団した原進改め阿修羅・原が凱旋帰国。原は前78年6月26日、大阪府立体育会館で寺西勇と15分時間切れ引き分けで
78年新日本プロレスの「プレ日本選手権」は予選リーグ戦参加12選手中、8人が決勝トーナメント進出。予選落ちしたのは開幕戦、11月17日の後楽園ホールでの上田馬之助戦でビール瓶で額を割られ、負傷棄権した山本小鉄、木戸修、永源遙、サンダー杉山の4人しか
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」最終戦は11月30日、千葉公園体育館(テレビ収録、観衆4,000人満員発表)大会。いよいよ決勝トーナメント優勝決定戦、Bブロック1位ラッシャー木村vsAブロック1位プロフェッサー・タナカの一戦(60分1本勝負)。タナカの
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第20戦、11月28日、山形・鶴岡市体育館(テレビ収録、観衆3,600人満員発表)大会でトーナメント準決勝戦が行われました。Bブロック1位のラッシャー木村vsBブロック3位のディーン・ホーの一戦。同ブロックの両者は開幕
決勝トーナメントに移行した78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第18戦は11月26日、岩手・久慈市総合体育館(観衆3,800人発表)大会。 この日はAブロック2位のミスター・サクラダvsBブロック1位のプロフェッサー・タナカによる決勝トーナメント準々
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」決勝トーナメント進出者は予選Aブロックからプロフェッサー・タナカ、ミスター・サクラダ、マイティ井上、Bブロックからラッシャー木村、キム・ドク、ディーン・ホー、さらにシード選手であるジャンボ鶴田に大木金太郎
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第15戦は11月23日、京都・日本正武館(観衆2,400人発表)大会。決勝トーナメント進出者の枠を巡る熾烈な争いを展開しています。Aブロック公式戦ではマイティ井上vsミスター・サクラダが30分時間切れ引き分け。これでM井
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第12戦は11月18日、和歌山県立体育館(観衆2,000人発表)大会。リーグ戦も終盤戦に突入し、Aブロックではミスター・ヒトがプロフェッサー・タナカを体固めで破る番狂わせがおき、ヒトは13点、タナカは17点。マイティ井上
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第10戦は11月16日、松阪市総合体育館(観衆1,500人発表)。Aブロック公式戦では無敗のプロフェッサー・タナカが大熊元司をレフェリーの死角を突いての凶器打ちから体固めで破り無傷の4連勝で16点。大熊は5点。同じくA
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第6戦は11月11日、富山・魚津市総合体育館(観衆2,600人発表)。この日から11月9日、豊橋市体育館が最終戦だった「ジャイアント・シリーズ」を終えた全日本プロレス勢、グレート小鹿、大熊元司、ロッキー羽田が参戦。A
78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」は11月3日、大田原市民体育館(観衆1,200人発表)で開幕。予選リーグ戦はABブロック別総当たりリーグ戦で勝ち4点、時間切れ引き2点、両者リングアウト1点、負けが0点で両ブロック上位3選手プラス決勝トーナメント
吉原社長のプロレス生活25周年記念イベント、「日本リーグ争覇戦」は78年11月3日、大田原市民体育館で開幕。協力関係にある全日本プロレスからは鶴田(予選リーグはシード、決勝トーナメントより出場)、2年に及ぶアメリカ修行から凱旋帰国したミスター・サク
韓国遠征が終わった後の国際プロレス78年秋の「ダイナマイト・シリーズ」には国際プロレスに8年ぶりの来日となるオックス・ベーカー、初来日のデビッド・シュルツ、リップ・タイラーらが来襲。なお、話は前後しますが、前77年まで国際プロレスの常連外国人だ