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開催終了昭和アバンギャルド実験映画

詳細

2007年04月05日 08:49 更新

日本のアンダーグランドの重鎮で、映像作家の かわなかのぶひろ さんの映像上映会が4/13(金)と4/15(日)米子の本の学校2Fで行われます。かわなかさんは、安来に住まれてたこともあり、今回同窓会で山陰に来られるそうです。

●イベント名:『つくられつつある映画』
●日時:4月13日(金)Aプロ19時〜
    4月15日(日)Bプロ14時〜、Cプロ16時〜、Dプロ18時〜 
●場所:米子 本の学校2F多目的ホール
●料金:1プロ500円、2プロ以上は全て1000円
●主催:かわなかのぶひろ
●協力space-oddity
●問い合わせ先:水野(08052322993)




かわなかのぶひろ さんとは、
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

かわなか のぶひろ(川中伸啓、1941年 - )は、日本の映像作家。東京都生まれ。東京造形大学教授(-2006)。

主に個人による映像制作のための拠点創出に携わる。 1968年に個人映画制作者の組織「ジャパン・フィルムメーカーズ・コーポラティブ」に参加、事務局長となるが、翌年に脱退し、佐藤重臣と「日本アンダーグラウンド・センター」設立。上映活動を行なう。 1971年、「アンダーグラウンド・センター」を設立。72年より、渋谷にあった寺山修司の「天井桟敷」の地下劇場でシネマテークを開設し、76年まで上映活動を続けた。 1977年、四谷に上映の拠点を設け、「イメージフォーラム」と改称する。同時に映像作家を育成する研究機関「イメージフォーラム付属研究所」を併設。80年には映画批評雑誌「月刊イメージフォーラム」(ダゲレオ出版)を創刊し、初代編集長をつとめた。 内外各種の映像コンクールの審査員を多数つとめる。


[編集] 著書
『映画・日常の冒険』(フィルムアート社、1975年)
『猫日記』(皓星社、1978年)
『ビデオメーキング』
『ビデオ新発見』(ポプラ社、1990年)

[編集] 映像作品
水の記憶(1962年)
Play Back(1973年)
新・北紀行(1974年)
透過装置(1975年)
SWITCH BACK(1977年)
タウンスケープ・7「キャッツ・アイ」、8「星」、 10「ROOM」」(1977年、16ミリ)
絵日記(1978年、16ミリ)
絵日記2(1978年)
映像書簡(萩原朔美との共作、1979年、16ミリ)
映像書簡2(萩原朔美との共作、1980年、16ミリ)
映像書簡3(萩原朔美との共作、1981年、16ミリ)
映像書簡4(萩原朔美との共作、1982年、16ミリ)
B(1983年、16ミリ)
Bふたたび(1984年、16ミリ)
つくられつつある映画(1985年)
私小説(1996年、16ミリ)
映像書簡7(萩原朔美との共作、1996年)
旅の繪(1998-2000)
いつか来る道(2001年)
映像書簡8(萩原朔美との共作、2002年、ビデオ)
映像書簡9(萩原朔美との共作、2003年、ビデオ)
映像書簡10(萩原朔美との共作、2005年、ビデオ)


あの有名な「イメージフォーラム」の設立者の1人で、寺山修司さんと時を同じくして映画製作、映画上映会をされていた方です。アングラな映像が好きな方はぜひぜひ、お越し下さい。こんな機会はめったにないです!!!







来週上映です!!!!!
両日とも監督ご来場、トークあり。


コメント(3)

  • [1] mixiユーザー

    2007年04月08日 00:58

    4/13(金)19時
    ●Aプログラム
    いつか来る道 16ミリ 32分 2001年
    スイッチバックSWITCHBZCK 16ミリ 9分 1976年
    ROOM 16ミリ 4分 1977年
    つくられつつある映画 ビデオ 45分 2006年(短縮版)

    4/15(日)14時
    ●Bプログラム
    絵日記2 16ミリ 3分 1978年
    Bふたたび 16ミリ 22分 1984年
    私小説5 16ミリ 25分 1997年
    映像書簡2 16ミリ 39分 1980年(萩原朔美と共作)

    4/15(日)16時
    ●Cプログラム
    空の絵 16ミリ 33分 2000年
    時の絵 ビデオ 30分 1998年
    映像書簡9 寺山修司がいた ビデオ 28分 2003年(萩原朔美と共作)

    4/15(日)18時
    ●Dプログラム
    酔中日記 ビデオ 40分 2004年
    映像書簡10 ビデオ 38分 2005年(萩原朔美と共作)
    熊回帰線-中上健次がいた ビデオ 30分  





    たとえば『映像書簡10』は、ぼくの胃癌手術と、萩原朔美
    の母・萩原葉子の加齢による介護をテーマにしたものです。
    (といっても葉子さんの闘病する姿は描かれませんが…。)
    この作品は「山形国際ドキュメンタリー映画祭」でスイス
    のドキュメンタリー映画とともに特集上映され、後にスイ
    スの映画祭でも上映されたものです。

    同じく『映像書簡9寺山修司がいた』ではぼくと萩原朔美
    がともに深いかかわりを持っていた寺山修司を、その故郷
    三沢へロケーション。寺山ゆかりの地をイメージで辿る試
    み。会場が書店であるということから、中上健次が熊野の
    本宮で、新宿・ゴールデン街「ガルガンチュア」のママ石
    橋幸のコンサートを開催した1989年のドキュメントを題材
    にした『熊回帰線』など、本好きにはなじみのある作品な
    ども上映する予定です。

    ・・・・・・
    東京生まれですが、父は安来市赤江の出身。母は米子出身
    です。母はぼくが小学生低学年の時 東京で亡くなり、父は
    中学入学の日に埼玉の川口で自死。その後父の実家である
    赤江に引き取られるが、学校へ行かずに映画を見ていたこ
    とから松江の児童相談所経由で、松江の施設に収容される。

    その後、安来に「安来学園」という社会福祉施設が新設さ
    れたことから、そこの第一期生として入所。安来第一中学
    へ転入。中学卒業後は安来の「森田塗工店」で、施設出の
    丁稚として辛酸を舐める。
    数年後にそこを飛びだして、母の実家がある米子へ出て、
    母の妹が嫁いだ「岡本美術印刷」や、糀町の「亀井クリー
    ニング」などで働く。

    その後、生まれ故郷の東京へ戻り、新宿へ着いたときは、
    ポケットに20円しかない状態。
    翌日から新宿余丁町の森永牛乳の配達員となる。
    このあたりの出来事は『いつかきた道』で描き、昨年手
    がけた『つくられつつある映画』は、新宿に育てられた
    ぼくのセルフ・ドキュメンタリーといった作品。
    とまれ、個人で映画を制作するということの意味を問い
    つづける映画、ということになるでしょうか。

    かわなかのぶひろ
  • [2] mixiユーザー

    2007年04月13日 11:44

    かわなかのぶひろ映像展

    本日19時スタートです!
  • [3] mixiユーザー

    2007年04月13日 23:36

    かわなかのぶひろ映像展初日に行ってきた。

    すごい衝撃!!

    アバンギャルドでシュールな映像に圧倒されっぱなし。

    又、多数の写真が斬新なカッティングでスクリーンに舞い、

    それらは美しい映像アートを形成していた。

    16ミリの映写機の音、フィルムの匂い、スクリーンに映し出された映像は、何かすごい生き物が動いているようなリアル感さえ覚えた。

    ドキュメンタリーなストーリーがない面白さ。

    ストーリーを感じる面白さ。

    モンタージュの美しさ。

    興奮は今も続く。
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  • 2007年04月13日 (金) 15日
  • 鳥取県 米子市
  • 2007年04月13日 (金) 締切
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