【漫画家と西洋建築】山下和美インタビュー “憲政の神様”も関連する世田谷最古の洋館建築に魅せられて

【漫画家と西洋建築】山下和美インタビュー “憲政の神様”も関連する世田谷最古の洋館建築に魅せられて

東京23区で最大の人口を有する世田谷区。そこかしこで建売住宅が販売される中で、もっとも古いといわれる洋館があることをご存じだろうか。小田急線の豪徳寺駅の近くに立つ「旧尾崎邸」だ。明治21年(1888)、男爵・尾崎三良が英国人妻との間にできた娘・テオドラのために、東京都心の麻布に建てたとされている洋館である。テオドラはのちに、“憲政の神様”と呼ばれた政治家・尾崎行雄の妻となった人物だ。

取り壊される予定だった最古の洋館

 昭和8年(1933)に現在地に移築されて英文学者の所有となったが、移築を経ていなければ都心の開発の中で解体されていた可能性もあり、震災や、戦災も潜り抜けて伝わった極めて貴重な洋館と言っていい。しかし、家主が手放したのちに開発計画が持ち上がり、令和2年(2020)の夏には取り壊される運命にあった。

「旧尾崎邸」は豪徳寺の裏手に立つ洋館。現在でこそ東京屈指の住宅街である世田谷だが、移築された当時はまだ牧歌的な風景が広がる農村地帯だった。そんな中で、この洋館が周囲からも目を引く存在だったことは想像に難くない。


 その保存運動に取り組んできたのが、『天才柳沢教授の生活』『ランド』など、数々のヒット作品で知られ、現在も『ツイステッドシスターズ』を連載中の漫画家・山下和美と、1970年代のアシスタント生活を赤裸々かつユニークに描いた『薔薇はシュラバで生まれる』の漫画家・笹生那実である。

 山下は一連の保存運動の経緯をエッセイ漫画『世田谷イチ古い洋館の家主になる』にまとめているので、興味を持った方はぜひ読んでいただきたい。そもそも、なぜ「旧尾崎邸」を守りたいと考えたのだろう。

「私は北海道小樽市に生まれました。小樽と言えば、日本でも有数の洋館の宝庫。近所にもたくさんあって、特に大学の官舎として使われていた洋館が印象に残っています。実は、大学教授だった父が学長選挙に立候補して、当選すれば家族で洋館に住む可能性があったんです。残念ながら、父が選挙に敗れ、その夢はかないませんでしたが(笑)。旧尾崎邸を見たときも、なんてかわいらしい洋館だと想い、子どもの頃の強い憧れが蘇ってきましたね」

 ちなみに、父はかの名作『天才柳沢教授の生活』の主人公・柳沢良則教授のモデルになった人物でもある。山下が小樽を離れたのち、家族で住んでいたかもしれない大学の官舎は建て替えられてしまった。また、日本各地の古い建築があっけなく取り壊され、ありふれたビルに変わっている光景も目の当たりにしてきた。こうした思い出が、保存運動を始める原動力になったのだという。一連の運動を、山下はこう振り返る。

 「保存運動を行う中で、数々の発見がありました。当初は明治40年代の建物と思われていたのが、実は明治20年代まで遡る建築だったとわかったことも重要な発見です。また、壁も現在のような水色ではなかった時代があるようです。薄い桜色だったとか、はたまた薄いうぐいす色だったこともあるようで、様々な証言が得られたことは大きいですね」

明治時代の洋館は木造でペンキを塗ったものが多い。ペンキは何度も塗り直すため、建てられた当初と現状の色が異なる例はままある。例えば、山形県鶴岡市にある重要文化財の「旧鶴岡警察署庁舎」は当初は壁面が白だと思われていたが、塗料をはがして調査したところ、ライトブルーのような鮮やかな色彩だったことがわかった。「旧尾崎邸」の当初の色も興味深いところだ。

 同じ漫画家である笹生との出会いも、保存運動がきっかけだった。笹生は保存運動をネットで知り、共同事業者を募集しているという告知を見て、協力しようと考えたという。

 「私は、豪徳寺に仕事場を置いていたこともあり、深い縁がありました。しかし、まさかこんなに古い建物があるとは知らなかったんですよ。実物を見たらとても素敵な感じの洋館で、これならぜひ保存したいと思ったのです」

 かくして2人は意気投合、強力なバックアップを受けて保存運動は順調に進むように見えたが、そう一筋縄ではいかなかった。『世田谷イチ古い洋館の家主になる』の作中でも触れられているが、改装に当たって幾度となく大きな壁にぶつかっている。しかも山下は『ランド』の制作の真っただ中であり、〆切とも格闘を続け、疲労困憊の日々が続いていたという。

筆者が館内に入って気に入ったのが、高い天井と、長い階段だ。まるで麗しい貴婦人が登場する少女漫画の1コマを思い起こさせる。実際、山下も初めて館内に入った時に同様の想いを抱いたという。

 日本の建築基準法は、古い建築を残すうえでハードルが高い。古い建築であるほど、耐震性や、防火性の問題が表面化するためだ。それでも、山下は「保存するだけでなく、広く公開して、活用することにこだわりました」と言う。

 筆者も山下の姿勢に強く共感する。日本各地に、保存されている洋館や古民家はいくつもある。しかし、何の活用もされていない建築はまるで抜け殻のようで、物悲しく感じられるのだ。赤レンガの東京駅が魅力的なのは、デザインが優れているだけでなく、大正3年(1914)に駅舎として開業してからずっと現役であり続けているためではないだろうか。「旧尾崎邸」もただ残すだけではなく、どう活用していくかが重要なポイントといえるのだ。

 当初は洋館が残ればいいと思っていたという山下だが、愛着はますます増していき、運動を行っているうちにこだわりが出てきたという。

 「保存に当たって、敷地内を移動させて保存する計画を立てていた時には、行政から建築基準法のため洋館の外観が変わる可能性があると言われ、大ショックを受けました。そこからは移動させずに保存する道を探り始めましたが、それもまた簡単なことではありませんでした。しかし、オリジナルのまま残せるようにがんばりました。内装も可能な限りオリジナルに近づけ、明治時代の木材を補修して使うようにしています」

明治や昭和の洋館を残すうえで難しいのは、現在の建築基準法に適さない点が多いためである。山下や賛同するメンバーとともにひとつひとつ課題を乗り越え、改修までこぎつけることができた。このクラシックな洋室の中にどんな店が入るのか、今から待ち遠しい。


 保存・改修に向けて行われたクラウドファンディングには多くの賛同者が集まり、現在「旧尾崎邸」は保存工事の真っただ中である。令和5年(2023)年の春ごろに、複合施設としてオープンする予定だ。館内の部屋には、洋館の雰囲気に合った店が入居する予定だ。気軽にくつろげるコーヒーショップのほか、写真撮影ができるスタジオ、建築設計事務所、そして漫画やイラストのギャラリー「ギャラリーテオドラ」なども入店予定だ。

 明治以来、多くの人を迎えてきたであろう「旧尾崎邸」に新しい魅力が吹き込まれれば、一層輝きを増すに違いない。

 また、このたび7月30日から9月4日まで、「世田谷文学館」で山下のこれまでの作品の原画を集めた「漫画家・山下和美展 ライフ・イズ・ビューティフル」が開催される。「旧尾崎邸」の保存運動に関する展示のほか、オリジナルグッズの販売もあるそうだ。山下の活動を広めるべく世田谷区も応援してくれているといい、保存運動にも弾みがつきそうである。山下和美ファンの方はもちろん、洋館や建築に興味のある方もぜひこの機会に足を運んでいただきたい。

■世田谷文学館「漫画家・山下和美展 ライフ・イズ・ビューティフル」
https://www.setabun.or.jp/exhibition/20220730_yamashitakazumi.html

■旧尾崎邸保存プロジェクトのBASEのショップ
https://ozakitei.official.ec

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