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25歳で永遠に老いない身体を手にした彼女の人生「無垢な吐露が切なく苦しい」/『ここはすべての夜明けまえ』書評

―[書店員の書評]―
 世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。

間宮改衣・著『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)

 ずっとSFというジャンルが苦手だった。日々を生き延びることで精一杯の私は、目の前の現実だけが世界の全てなのだから、宇宙人やタイムトラベルやパラレルワールドのことを考えてもしょうがない、と思っていたのだ。なにより、現実にはありえない設定の小説を読んでも、どうも頭がついていかない。映画『君の名は』を2回観て、丁寧な解説サイトを読んでもまるで理解ができない。こんなこと現実には起こりえないのに、としか思えなかった。  そんな私の固定観念を軽々と飛び越えた作品が、『ここはすべての夜明けまえ』だった。営業担当から、「きっとお好きだと思います」と勧められ、疑心暗鬼になりつつも読み始めてすぐに、これはただごとではないと直感した。この小説は、私の人生において大切な作品のひとつになる、と。  舞台は2123年10月1日。九州地方の山奥、もう誰もいない場所。100年前に、永遠に身体が老化しなくなる「融合手術」を受けた「わたし」は、そのとき父親に促されたように、壮大な家族史を綴り始める。  身体のほぼ全てをマシン化することで、永遠に25歳のままでいられるというその手術は、父親から提案されたものだった。  もとより希死念慮のあった「わたし」は、2019年に国が認可した「安楽死措置」を受けたいと父親に相談したところ、猛反対を受ける。唯一の望みをなくして生ける屍となっていたある日、病院に運ばれた「わたし」は、医者に「融合手術」を紹介されるのだった。長生きすることに意味を見出せず悩んでいたが、「いつまでもかわいいまま長生きできるんだよ」と喜ぶ父親に押され、「わたし」は手術を受けることにした。もっとも、冷たくて硬い身体になってしまった娘を見た父親は急によそよそしくなるのだが。と、ここまでを読むだけで「わたし」の希死念慮は他でもない父親に理由があるということが何となくわかると思うのだが、実際その通りである。  手術後、永遠に25歳の外見を手にした「わたし」は、実の姉にあたる「さやねえちゃん」の子供、つまり甥の「シンちゃん」と出会う。「シンちゃん」を幼いころから可愛がっていた「わたし」は、やがて告白される。成長した2人が恋人同士になったことを知った「さやねえちゃん」はショックのあまり自死を図った。  それから数十年がたち、やがて2人の生活は「シンちゃん」の老衰により終わりを迎えた。ひとり残された25歳のままの「わたし」は、家族史のことを思い出し、書き上げる。そのうちにどうしても誰かと喋りたくなって、旅に出ることにした。行き着いた先で「わたし」が出会ったのは――。  平仮名で埋めつくされた、子供のようにたどたどしい言葉づかいと独白体は、物語をさらに切実なものにする。心に傷を負ったトラウマから、誰にも本心を打ち明けることができなかった「わたし」の途方もないさみしさに触れるたび、これが小説であるということも忘れて気が遠くなるような感覚をおぼえた。永遠に成長することのない「わたし」による、純度の高いイノセンスな吐露はあまりにも切なく、苦しい。  飲食や排泄に月経。生まれながらにして妊娠できてしまう身体を持つことへの嫌悪感。すべての生理現象が気持ち悪くて受け入れられなかった自らの思春期と、それらが嫌でマシンになることを選んだ主人公をどうしても重ねてしまう。今なら「多感な時期だから」と一笑に付されるようなことだったと理解できるが、その年代の自分にとっては耐えがたい苦しみだった。  意図していなくとも父親にされたのと同じように、幼い甥が自分を愛するように仕向け、洗脳していったこと。それは他人からちゃんと愛されたかったという切実な想いの裏返しに他ならないが、罪は重い。  終盤、「わたし」はこう呟く。 「じんせいでたったひとつでいいから、わたしはまちがってなかったっておもうことがしたいんです」。  物語の結末はあまりにも美しく、光に満ちている。  これはSFというジャンルでないと成立しえない、と強く思った。途方もない時間、老いない身体を携えてただ生きることを余儀なくされた主人公の空虚な悲しみや思いは、遥かな時間を超えて、今を生きる私たち読者と共鳴する。  そしてこの小説が、新人作家のものとは思えないほど爆発的な売れ方をしていることが嬉しい。誰もがきっと自分だけのさみしさを抱えていて、それに蓋をしたり忘れたふりをして生きている。偶然通りかかった書店で、本の佇まいから何となくシンパシーを感じて買う読者も多いのだろう。こういうかけがえのない作品が生まれる瞬間に立ち会えるこの仕事を、とても誇りに思う。  思えばいつだって、読書は別世界への扉だった。どんなに現実の設定で綴られる小説も、フィクションに変わりはないのだ。これまでの読まず嫌いを悔やみつつ、手始めに3回目の『君の名は』を観てみることにする。 評者/市川真意 1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き
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