「島を返せ」画面越しの叫び 北方領土の日、根室で大会

大野正美 原田達矢
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 「北方領土の日」の7日、北方四島に隣接する北海道東部の1市4町の住民大会が、根室市で開かれた。昨年は約850人が参加したが、今回は新型コロナウイルス感染防止のため、一般の来場者を入れずに初めてオンライン中継された。

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 登壇したのは1市4町の首長、議長のほか、元島民でつくる千島歯舞諸島居住者連盟の代表ら約20人。背後の大型画面には中継の画像が同時に流された。大会会長の石垣雅敏市長は、歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した日ソ共同宣言から今年で65年となることを強調。「コロナ禍で昨年の北方墓参やビザなし交流がすべて中止されるなど困難な状況にあるが、元島民も平均年齢が85歳を超えている。一刻も早い問題の解決のため、節目の年に地域住民が一丸となって、返還運動を強力に推進することを誓う」と述べた。

 元島民を代表して択捉島出身の上松健吾さん(85)=根室市=は「ロシアは昨年、領土割譲の禁止を含む憲法改正をし、北方領土への軍備強化で実効支配を強めている。ビザなし渡航が早く再開し、返還の道筋がつく交渉を政府が進められるよう、体を張って残った力を振り絞る」と決意を語った。最後に元島民2世ら5人が壇上に立ち、中継のカメラに向かって「島を返せ」とシュプレヒコールをあげた。

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 昨年のビザなし渡航がコロナ禍ですべて中止されたことで、現地では日本の影が急速に薄れてきている。

 例年なら現地紙は、ビザなし渡航を通じた島のロシア人住民と日本側との交流の様子を機会ごとに取り上げる。しかし昨年は、国後島などを管轄する南クリル地区行政府発行の新聞「国境にて」が、10月に北海道が実施した飛行機による元島民の上空慰霊を報じた程度だ。

 一方で、領土問題をめぐるロシア要人らの強硬発言は頻繁に出ている。

 たとえば、領土の割譲を禁止した昨年のロシア憲法改正のあと、12月に国後島を視察したサハリン州のリマレンコ知事の発言を伝えた同紙の記事だ。知事は「クリル諸島(千島列島)では、住民の93%が憲法改正に賛成票を投じた。国境が不可侵であることを理解している」と強調した。

 また、同紙は、日本の「北方領土の日」が迫った先月末、「ロシアに属するクリル諸島を奪取するため、日本は独自の軍事力を強化している」との軍事専門家の見方を紹介する記事も載せている。

 ロシア政府の「クリル諸島社会経済発展計画」の成果を伝える報道も目立つ。「南クリル地区では昨年、地震被災など危険住宅の4千立方メートル分で住民が新居に移転」、「2023年末までに色丹島北部の斜古丹(ロシア名マロクリリスク)と中部の穴澗(あなま)(同クラボザボツク)を結ぶ道路をアスファルト舗装」といった具合だ。

 だが、成果の報道一色というわけでもない。

 同紙などによると、サハリン州のオロンツェフ副首相は昨年11月、国後島と色丹島の住宅整備状況などを視察した。ところが、住民移転計画で住宅の着工や完成の遅れ、予算の未執行といった事態が確認された。「島への輸送費などで事業費が高い地域なのに、見合った作業の質がない」と強く批判した。

 特に深刻なのが、1994年の北海道東方沖地震で受けた被害から、十分に立ち直れずにいる色丹島だ。サハリン州のネットメディア「サハリン・インフォ」は、「行政は危険住宅からの即時退去を住民に求めるが、転居用住宅整備の遅れで移れない。そんな人が、人口3千人の島に数百人はいる」との穴澗地区住民の声を伝えている。

 島には二つの水産加工場で2023年に年間計65万トンの生産をめざし、整備が進められている。だが、周辺海域の漁業資源は最大200万トンといい、増養殖の取り組みが欠かせない。その事業や施設の整備に必要な約207億円の確保が、コロナ禍によるロシア経済の減速もあって容易でない。

 25年までに約70億円をかけて島の発電施設を整備する計画もある。ほかにも、ごみ処理、港湾、レジャー、教育など施設の整備計画は目白押しだが、「金が足らず、計画で終わる可能性は十分ある」とサハリン・インフォは指摘する。

 「発展計画」による北方領土での一連の施設整備には、実効支配の強化を日本に示すねらいも指摘されている。だが、色丹島についてサハリン・インフォは、「日本に何ごとかを示すため、水産加工場の季節労働者が主な住民の小さな島に大金をかける意味はまったくない」と懐疑的だ。

 日ロ両国は、色丹島と歯舞群島を日本に引き渡すと規定した56年の日ソ共同宣言をもとに、平和条約交渉を加速させることで合意している。歯舞群島には現在、一般のロシア人住民はいないが、交渉の行く末にかかわらず色丹島の住民の困難は続きそうだ。(大野正美)

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 札幌市札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)広場で7日、北方領土の早期返還を求める署名活動があり、鈴木直道知事らが協力を呼びかけた。主催は北方領土復帰期成同盟などでつくる北方領土の日啓発実行委員会。鈴木知事は「新型コロナウイルスの感染拡大で四島との交流事業ができない厳しい状況にある。署名活動を通してさらなる機運醸成を図っていく」と話した。

 感染対策のため署名台にはアクリル板を設け、頻繁に消毒した。係員もマスク、手袋、フェースシールドを着用した。(原田達矢)

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