エルヴィス・プレスリーはなぜ偉大なシンガーなのか 映画『エルヴィス』鑑賞前に知っておきたい、“不世出の天才”の歴史

 “エルヴィス・プレスリー”と言われてどんなイメージを持つのか。世代、音楽嗜好でまったく違うだろう。なかには「キング・オブ・ロックンロール」と即答する人もいるかもしれないが、「誰それ? 聴いたことがない」という人も実は多いのではないか。本日7月1日に公開となった映画『エルヴィス』は、そんな状況を大きく変えてくれるはずだ。

 名優トム・ハンクスが、伝説の悪徳マネージャーに扮し、オースティン・バトラー演じるエルヴィス・プレスリーと共に世界的な成功の道を極めたものの、だんだんと思惑がすれ違うようになっていく晩年(と言ってもプレスリーはわずか42歳で亡くなるのだが)までをドラマチックに描いた映画は見どころたっぷり。なかでもエミネムからジャック・ホワイト、Tame Impala、Måneskinといった人気アーティストたちが、プレスリーの数々の名曲をカバーしたりリミックス、サンプリングした音楽が素晴らしく、プレスリーが現役感を持って身近に迫ってくる。

 あの『ボヘミアン・ラプソディ』がQueenの魅力を再発見させたように、改めてこの不世出の天才アーティストのことを、もっと知りたいという人が続出するに違いない。

伝説を誰が殺したのか?映画『エルヴィス』日本版予告 2022年7月1日(金)公開

 というわけで、かの大滝詠一も大ファンであったエルヴィス・プレスリーというシンガーのどこがどうすごいのかを、簡単に紹介してみよう。

 1935年1月8日にミシシッピ州テューペロに生まれ、13歳の頃からテネシー州メンフィスで、貧しいながらも非常に信心深い両親のもとで育ったプレスリーは、高校を卒業後トラック運転手として働き始める。その年、母親への誕生日プレゼントに地元のレコード会社、サン・スタジオで4ドル払ってシングルを吹き込み、これが伝説の始まりとなった。

 ちなみにこのときのレコード『My Happiness/That’s When Your Heartaches Begin』は、2015年にオークションにかけられジャック・ホワイトが3万ドルで落札している。

 レコードを聴いたサン・スタジオのオーナー、サム・フィリップスは才能を認め『That's All Right』でデビューさせ、これが地元ではヒットし人気者となる。だが、そんな彼の歌声に大きな可能性を認めたのがトム・パーカー大佐で、後にオランダからの密入国者であることがわかったりする怪しい人物ながら当時はカントリー&ウェスタンの人気シンガー、ハンク・スノウのショーを仕切るなどしており、プレスリーとマネージメント契約、大手レコード会社RCAレコードから『Heartbreak Hotel』で全国デビューさせ、これが最初の大ヒットとなった。

Elvis Presley - Heartbreak Hotel (Official Audio)

 以後、『Don't Be Cruel/Hound Dog』『Love Me Tender/Any Way You Want Me』など次々と全米1位の大ヒットを飛ばす。1956年、プレスリーが21歳の頃の話だ。

 彼のどこがずば抜けていたのかといえば、まずは圧倒的なリズム感。それはアメリカ深南部=ディープサウスとも称される地域で育ち、ブラックミュージックや、さらに信心深い両親の影響で教会でのゴスペルなども身近に聴いていたことで、自然と歌の中に弾けるようなビート感を持ち、激しく腰を振るセクシーな動きを伴っていった。

Elvis Presley "Don't Be Cruel" (January 6, 1957) on The Ed Sullivan Show
Elvis Presley "Hound Dog" (October 28, 1956) on The Ed Sullivan Show

 しかし、リトル・リチャードやチャック・ベリーら黒人アーティストたちにより、ようやくロックンロールが誕生してきた頃で、人種差別が大手を振っていた時代だけに、それらは悪魔の音楽と大人たちから非難され、プレスリーのヒットアクションも攻撃を受ける。

 それにも関わらずファンは熱狂し、世界中の若い音楽ファンにとって特別な存在となる。若きポール・マッカートニーやジョン・レノンをはじめ、1960年代にロックを作っていったアーティストたちはみんなこの時代のプレスリーがヒーローだったのだ。

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