JR九州の特急形電車787系を改造し、2020年度から九州周遊の新観光列車を運行すると報じられた。10月30日付の日本経済新聞電子版の記事によると、「ななつ星 in 九州」より低価格で、列車の運行はおもに日中とし、車内に宿泊設備はないとのこと。デザインはJR九州のD&S列車などを多数手がけた水戸岡鋭治氏が担当する。朝日新聞電子版の記事によると、「旅行会社のツアーや個人での利用を想定している」という。

  • JR九州の特急形電車787系を改造し、九州周遊の新観光列車を運行すると報道された

787系は1992年に登場した交流電化区間専用の特急形電車。九州新幹線開業前の鹿児島本線で、最速の看板列車だった特急「つばめ」に投入された。後に鹿児島本線の特急「有明」、日豊本線の特急「にちりんシーガイア」、長崎本線の特急「かもめ」などでも活躍。2004年に九州新幹線新八代~鹿児島中央間が開業すると、「つばめ」の名は新幹線に譲り、787系は博多~新八代間の特急「リレーつばめ」として、JR九州の高速化に貢献する。

■「水戸岡デザイン」787系、改造後も「水戸岡デザイン」?

2011年、九州新幹線鹿児島ルートの全線開業にともない、特急「リレーつばめ」は廃止。特急「有明」も減便され、787系は他の地域に転出して、九州内の各地に残存していた国鉄特急形電車485系を置き換えた。現在は鹿児島本線の特急「きらめき」「有明」、福北ゆたか線の特急「かいおう」、長崎本線の特急「かもめ」、佐世保線の特急「みどり」、日豊本線の特急「にちりん」「にちりんシーガイア」「ひゅうが」「きりしま」のほか、間合い運用として一部の普通列車にも充当されている。

787系のデザインは水戸岡鋭治氏が手がけた。グリーン車は3列リクライニングシート、普通車は4列リクライニングシートで、先に投入された783系より座席間隔が拡大されている。インテリアはデッキの壁部分のみ木目板を使い、後年の「水戸岡デザイン」とは趣が異なる。一方で、荷棚は航空機のようなハットラックを採用し、ビュッフェ車の内装は大胆で、水戸岡鋭治氏らしいアイデアがあった。

後に「セミコンパートメント」「サロンコンパートメント」「DXグリーン席」なども設置され、サービス向上の施策が次々に行われた。もともと787系は座席の多様性に配慮した設計だったともいえそうだ。

観光列車仕様の内装デザインはまだ確定していないけれども、西日本新聞電子版によると、「車両の一部に個室を設けるなど高級感を演出する考え」とのこと。また、「訪日外国人客やシニア層、家族連れなど幅広い需要に対応できるよう工夫する」とある。朝日新聞の記事には「旅行会社のツアーや個人での利用を想定」とあり、団体利用に限らず、個人客やグループ客にとっても乗りやすく配慮されるようだ。

製造時のデザインを担当した水戸岡氏自身が、観光列車向けの改造も手がけることになる。後年の「水戸岡デザイン」の特徴「木の温もり」が取り入られると、同じ「水戸岡デザイン」でも元の車両とは見違える姿になるだろう。

■新D&S列車は中期経営計画にも盛り込まれていた

787系の観光列車構想は今年2月にも報じられていた。日刊工業新聞が運営するニュースサイト「ニュースイッチ」の2月1日付の記事「JR九州の新周遊観光列車、『寝台備えず夜は下車して宿泊』の狙い」では、すでに「787系改造」「寝台は設けず、宿泊は下車して市中の宿泊施設で」「デザインは水戸岡鋭治氏」といった内容が記載された。「全席をグリーン車とし、一部を個室」「基本的に鹿児島線や日豊線、長崎線など」と路線名も明記されていた。運行方式として「区間乗車の利用」も想定している。

  • 九州内の交流電化区間(肥薩おれんじ鉄道を含む)

2月に報じられた構想が、なぜ10月末に再度報じられたか。これは「構想の具体化が進み、実現が確定したから」とみていいだろう。JR九州は今年3月に策定した「中期経営計画 2019-2021 次の『成長ステージ』に向けて」の中で、「新D&S列車運行を通じた更なる観光資源の発掘」を明記し、「成長投資」と位置づけている。

D&S列車はJR九州の観光列車のブランドで、「D&S」は「デザイン&ストーリー」の略。「ななつ星 in 九州」はクルーズトレインのため、他のD&S列車とは一線を画す。つまり、787系改造の新観光列車はD&S列車であり、クルーズトレインではない。現行の「A列車で行こう」「海幸山幸」のような、気軽に楽しめる列車群の一員という位置づけになる。

■インバウンド受け入れ体制の強化も「再報道」の背景か

JR九州の施策をさらに追うと、6月26日にANA(全日本空輸)と「九州の観光振興強化に向け連携開始」を発表。ANAの国内外に向けた観光情報サイト「Japan Travel Planner」とJR九州の特集サイトを連携し、訪日外国人向けのフリーきっぷ「ANA&JR KYUSHU RAIL PASS」も販売する。10月10日には、中国・上海を本拠とするオンライン旅行会社シートリップとの提携を発表。中国から九州への誘客を推進する。こうした動きの受け皿として、「ななつ星 in 九州」よりも手軽な周遊型の観光列車が必要になったとみることもできる。

当初、「ななつ星 in 九州」の手軽な電車版として構想された787系改造の新観光列車がインバウンド向け観光の要となる。車内で宿泊しないことから、停車駅周辺の観光施設、飲食店、宿泊施設との連携も重要になるだろう。JR九州沿線の広範囲な観光活性化につながると思われる。

新たな観光列車はインバウンドだけでなく、国内の旅行スタイルも変える可能性がある。従来の国内旅行は1泊または2泊の短期滞在型が多かった。クルーズトレインを除く観光列車も日帰り可能な列車ばかり。3泊以上の観光列車は日本国内の旅行者にとって、長期旅行を推進するかもしれない。

1980年代後半からバブル経済の時代にかけて、国内でも長期滞在型リゾートが提唱された。しかし残念ながら、その取組みのほとんどが自然を破壊するハコモノ作りで終わってしまった。現在、働き方改革や有給休暇取得推進といった流れの中で、ようやく日本の労働者も長期旅行を楽しめる環境が整いつつある。

クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」が国内富裕層市場を掘り起こしたように、787系改造の新観光列車が新たな観光市場を切り開くかもしれない。鉄道ファンとしては、787系がどのように改造されるかも気になるところだけど、それだけにとどまらず、経済的にも旅行文化的にも注目の列車となりそうだ。