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盗むのをやめられない「万引き依存症」 「運が悪かったから捕まった」と認知が歪むまで
斉藤さん

盗むのをやめられない「万引き依存症」 「運が悪かったから捕まった」と認知が歪むまで

クレプトマニア(窃盗症)という言葉を知っていますか。万引きをやめたくてもやめられずに繰り返してしまうという精神疾患の一つです。

マラソンの元世界選手権代表選手の原裕美子さんも、このクレプトマニアの疑いが指摘されています。原さんは2017年11月、栃木県のコンビニで化粧品などを万引きしたとして、有罪判決を受けました。しかし、執行猶予中の今年2月、群馬県のスーパーでキャンディーなどを盗んだとして窃盗容疑で逮捕、起訴されました。(現在公判中)

どうして万引きを繰り返してしまうのでしょうか。9月12日に「万引き依存症」(イースト・プレス)を出版した精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏(大森榎本クリニック)は「現代人が抱える様々なストレスが関係している」と現代病であることを指摘します。斉藤氏に話を聞きました。(編集部・出口絢)

●クリニック通院、7割が女性

ーーテレビで万引きGメンに密着した番組をやっていると、思わず見てしまいます。そこでは高齢者が多く捕まっているイメージなのですが、万引きを繰り返す人はどんな人が多いのでしょうか

転売を見込んだような職業窃盗犯や貧困による万引きをのぞき、万引きが常習化している人を大きく分類すると、(1)摂食障害の周辺症状として万引きを繰り返す人、(2)高齢者で、認知症が疑われる人、(3)万引き行為そのものに依存している人、の3つになります。

当クリニックは依存症を専門としているので、通院している人の多くが(3)の万引き行為に依存している人たちです。本格的に万引き依存症の専門プログラムを始めて、3年目になります。

平成29年版犯罪白書によると、2016年に万引きで検挙された人は男性が4万1294人、女性が2万8585人です。この中で、万引き依存症にあたる人がどれだけ含まれているのかはわかりませんが、これまで当クリニックに通院した217人のうち約7割が女性でした。

●万引き行為に「家族との関係」が影響?

ーークリニックに通っている人は、圧倒的に女性が多いのですね。その理由は何が考えられるのでしょうか

万引きという問題行為の裏に、本質的な問題が隠れています。クリニックに通う女性の万引き依存症者の中には、家族との人間関係が影響している人が多くいました。職場や家庭で担う役割などが過度なストレスになり、万引き行為が始まって行くのです。

家計を任される中で夫から執拗に節約するよう言われ、妻としての評価が下がらないよう節約することがプレッシャーになって行く。共働きなのにも関わらず、夫に頼れずワンオペ育児状態で追い詰められ、スーパーで万引きを始めて常習化して行く。1〜2歳の子どもを持つお母さんが、当クリニックに相談に来ることも多くあります。また、介護の担い手として関係の悪い義母の介護を一手に引き受け、しかし夫に頼れず抱え込む中で万引きが始まるケースもあります。

「節約」というのは、女性の万引き依存症者に見られる代表的な動機のひとつです。平成26年版犯罪白書で、前科のない万引き事犯者の動機をみると、男性は全ての年代で「自己使用・費消目的」が1位なのに対して、女性は29歳以下をのぞく全ての年代で「節約」が1位となっています。

私たちは特別なところに行かないとできないことには依存しません。お酒やパチンコもそうです。日常生活の中で簡単に繰り返すことができるからこそ、ハマっていくのです。スーパーやコンビニは日常的に行きますよね。だからこそ習慣となり、のめり込んでいくんです。

●依存症は「環境への適応行動」

ーーきっかけは「節約」だったとはいえ、なぜ、万引き行為を繰り返してしまうのでしょうか

ストレスが関係しています。万引きが常習化して行くと、当初の「節約」という目的はなくなっていくのです。「本人の意志が弱い」「だらしない」「反省していない」。万引き依存症者はこのように誤解されがちですが、そうではありません。多くは真面目で責任感が強い人ばかりです。

依存症というのは、環境への適応行動です。万引きは、ストレスの発散や対処行動と考えられます。盗む前の緊張感(スリル)や「レジに並ばなくていい」という優越感、「得した」という達成感。どれも日常では味わえない感覚です。

また、普段は出せない「悪い自分」の一面がこの時だけは表出できるという点も関係しているでしょう。家庭では妻や母親、職場では一社会人として、日々役割を背負い過ぎてしまい、いっぱいいっぱいになりながら頑張っている。一方で、万引きをしている自分は、普段の生活の中での役割を離れて、悪いこと(逸脱行動)をしている。「バレたらどうしよう」というスリルやリスクもある。

この「達成」と「逸脱」のサイクルにのめり込んでいくのです。不倫にハマってしまう心理と少し似ているところがあると指摘する人もいました。

ーーアルコールや薬物などへの依存症はよく聞きますが、万引きに依存するということもあるのですね

はい。世界保健機関(WHO)の依存症の定義にも、アルコールや薬物といった「精神に作用する化学物質」の他に「快感・高揚感を伴う行為」が入っています。具体的には万引きや買い物、ギャンブル、痴漢や盗撮などですが、これを「行為・プロセス依存」といいます。

「いつもここでお金を使っているから」「このスーパーは儲かってるから多少盗んでも影響ないだろう」。盗むものは何百円単位の物が多いからか、自分のやっていることを過小評価する。

万引き依存症者の中には「たいしたものを盗っていないんですけどね」と万引き行為を軽視し、「運が悪かったから捕まった」と話す人が多くいます。こうして自分のなかでバランス取ることで、罪悪感もなくなっていき、認知が歪んで行くのです。

●「クレプトマニア」はほとんどいない?

ーー 一方で、現在の世界的な診断基準でいう「クレプトマニア」はほとんどいないと指摘しています。これはどういうことですか

クレプトマニアは、アメリカの精神医学会の診断基準である「DSM-5」において「窃盗症」と記載されている精神疾患です。5項目ある診断基準の中の1つに「A:個人用に用いるのでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される」というものがあります。

この「個人用に用いるのでもなく」という文言通りに考えると、クレプトマニアはほとんどいません。万引き行為に依存している人の中で「盗んだものを全く使わない」というのはごく稀だからです。私もこれまで1人しか出会ったことがありません。

裁判でクレプトマニアの診断書や意見書を出すと、検察側が「1回でも自己使用していれば、クレプトマニアではない」と主張し、診断基準のAについて法廷で争うことがあります。これを我々は「診断基準A問題」と呼んでいます。

確かに、過剰に病気として扱うことを防ぐのは大事なことです。この診断基準はその対策の一つとも考えられます。ですが、現場で見ていると、そこまで「自己使用」の点にこだわる必要はないように思います。窃盗衝動を制御できないことが繰り返される点が本質的な病理であり、それをプログラムで学んだことを使いながらリスクマネジメントできるようにしていくのが治療です。職業的窃盗犯や貧困による窃盗は別として、その点はより柔軟に解釈する必要があると考えています。

●依存症は当事者の「SOS」

ーー万引き依存症は、治療すれば治るのでしょうか

依存症に「回復」はあっても「完治」は困難です。盗める環境の中で、盗まないように日々訓練して行くことが大事です。これは反復練習が必要です。入院治療だけでなく、通院で治療できる病院がより増えていくといいと思っています。

依存症の行為のエスカレーションは、当事者の「SOS」の側面もあります。先ほども話したように、家族との人間関係などの葛藤が本質的な問題として背景に存在することも多いです。定期的に開催されているクリニックの家族支援グループを通じて、家族間のコミュニケーションを見直すことで好ましい変化が起き、改善に向かっていく依存症者もいます。

万引き行為は立派な犯罪ですが、軽く見られがちです。有名人や公務員が逮捕されたときくらいしか、大々的に報道されません。数百万円の税金をかけて数百円盗んだ人が何度も服役する。被害店舗だけでなく、社会にとっても経済的な損失はとても大きいです。繰り返す万引き行為は「治療教育が必要」という認識が、広がって行けばいいと思っています。

【プロフィール】斉藤 章佳(さいとう・あきよし)。1979年生まれ。精神保健福祉士、社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。榎本クリニックにて、アルコール依存症を中心に性犯罪、ギャンブル、薬物、摂食障害、虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)など様々な依存症問題に携っている。専門は加害者臨床。著書に「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)など。

(弁護士ドットコムニュース)

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