JR西日本は4月15日の定例社長会見で、人型重機ロボットと鉄道工事用車両を融合させた多機能鉄道重機の試作機が完成したと発表した。その姿が報じられると、鉄道ファン、ロボットファンを巻き込み、SNSは騒然とした。まさしくロボット。SFアニメの世界だった「人型ロボット」だ。

  • JR西日本が公開した多機能重機ロボット「零式人機 ver.2.0」

架線保守など高所作業用とのことだが、遊び心が過ぎないか。なぜ人型なのか。JR西日本へ問い合わせようとして共同開発パートナーを調べたら、その疑問は愚問だと気づいた。パートナーの「株式会社 人機一体」は、もともと人型ロボット「人機」を研究開発している会社だ。人型ロボットの実用化を模索している開発元と組めば、人型ロボットになる。当たり前のことだった。

それでは、なぜ人機一体は人型にこだわっているか。開発者であり、人機一体の代表取締役を務める金岡博士氏に聞いた。

■人機にある「工学的視点」と「ビジネス的視点」

落ち着いて考えてみれば、もともと人が作業する場所であれば、道具や輸送機器、作業空間は人が働く環境に最適化されているはずだ。その上で汎用性を考える。たとえば、アニメ『機動戦士ガンダム』のモビルスーツは、武器を持ち替えて作戦に最適化している。つまり、重機やロボットは汎用性を極めると人型になっていく、ということだろうか。

「だいたいその理由で間違いないと思います。私たちが考える人型の利点は『工学的視点』と『ビジネス的視点』の2つです。

工学的視点として、よく外的要因が挙げられます。おっしゃるとおり、人の環境では人型がいい、という類のものです。もうひとつは内的要因です。人と機械が双方向で情報をやりとりする制御システムとして、人の体とロボットの体が1対1で対応していた方が操作しやすい」(金岡氏)

遠隔地や人にとって過酷な環境の作業では、マスター(操作側)とスレーブ(実行側)の遠隔操作が採用される。これをバイラテラル制御という。人型であれば操作者が機械の動きをイメージしやすく、直感的な操作が可能になる。なるほど人機一体の理念だ。

  • 人機を操作するマスター装置。高剛性・高出力で、繊細な感覚まで伝達できる(人機一体の報道資料より)

「しかし、外的要因は決定的にはなり得ない、弱い利点だとも考えています。我々は工学的には必ずしも人型にこだわっていません。作業によっては、もっとシンプルな、いわゆるロボットアームで十分な場合も多いでしょう。その場合は、躊躇いなくシンプルな方を選びます」(金岡氏)

人型よりも使いやすい機械があれば、そのほうがいい。たしかにその通りだが、そうなると人型の意味は何だろう。

「それがベンチャー企業としての人機一体にとって『ビジネス的視点』になります。人型重機には多数のロボット工学的技術が必要で、それを実現できる技術を人機一体が保有している。それを多くの人々に知ってもらいたい。人機一体のプロダクトは、体系化された先端ロボット工学技術の知的財産です。私たちにとって人型重機はメディアです」(金岡氏)

  • 人機のかっこよさに注目し、利点に気づかされる(人機一体の報道資料より)

たしかに、人型ロボットの姿はロボット好き、メカ好き、そして機械に関心のある多くの人々に訴求する。ニュースになり、コラムのネタになった。SNSで「レイバーだ!」「かっこいい」などの声で盛り上がった。開発する側として、こうした反響はもともと予想していただろうか。

「はい。それがまさしく『ビジネス的視点』です。我々は、なぜアニメ『機動警察パトレイバー』に出てくる作業用レイバーたち、巨大ロボットに憧れるのでしょうか。それは、非力な自分が強大な物理的『力』を手に入れられるからだと考えています。

人機一体は、それを、人を傷つけるためや誰かの支配欲を満たすためではなく、個人のレベルでマズロー欲求5段階説の承認欲求と自己実現欲求を満たすために使いたいと考えています」(金岡氏)

「零式人機 ver.2.0」の投入によって、「保線作業がかっこいい」と注目される点も見過ごせない。たとえば、アニメ『新幹線変形ロボ シンカリオン』の第1回は保線の現場から始まる。若い世代が将来の仕事を考えるとき、彼らの存在を知り、そこにある誇りと責任を感じてほしい。そのきっかけはメディアだろう。筆者も常々思っていたことだった。

「注目されることで、作業員の方々の仕事のモチベーションが上がり、社会的地位と報酬が上がり、人材不足を解消できます」(金岡氏)

JR西日本が人型重機に注目した理由は、人材不足を機械で補うと同時に、人材を集めるシンボルとしたいからかもしれない。

■JR西日本との出会いと今後

人機一体は2015年に設立された。代表取締役の金岡博士氏は、立命館大学 総合科学技術研究機構ロボティクス研究センター客員教授でもある。マンマシンシナジーエフェクタ(人間機械相乗効果器)という概念を独自に提唱し、15年以上も実装技術を研究・蓄積してきた。1971年生まれの金岡氏は「ガンダム世代」とも言えるが、ロボットの可能性を信じるきっかけは、1980年に邦訳が出版されたSF小説『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン著)だったという。

「どちらかといえば、ガンダムよりも『超時空要塞マクロス』、『機動警察パトレイバー』、『フルメタル・パニック』に影響を受けています。株式会社人機一体は、パッと見には、アニメの巨大ロボットを実現したいだけのオタク集団に見えるかもしれませんし、あえてそれを演じているところもあります。いまや私たちのビジネスモデルは圧倒的な優位性があります。しかし、わかりにくいところが難点ですから」(金岡氏)

その「わかりにくいビジネスモデル」を読み取った企業がJR西日本だった。2018年に開催された「World Robot Summit」(経済産業省、NEDO主催)に人機一体が出展し、新聞やテレビなどで話題となった。それを見たJR西日本の担当者が人機一体に連絡した。ちょうど人機一体がロボットをビジネスにするため、「人機プラットフォーム」構想を立ち上げた頃だった。その後、先端ロボット技術と鉄道施設メンテナンスが求める作業などに相互理解を深めていく。

  • 腕のアタッチメントを交換するなどにより、多様な現場に投入できる(人機一体の報道資料より)

JR西日本は、グループ会社のJR西日本イノベーションズを通じて人機一体に出資し、「技術と現場の一体」をめざすことになった。そしてJR西日本との縁で日本信号とつながる。鉄道技術に長けた日本信号は、ロボット技術についても関心を寄せていた。そこで「人機プラットフォーム」の一翼を担う「空間重作業人機社会実装プラットフォーム」で連携を始める。

「JR西日本様も日本信号様も、鉄道における高所の電気設備保守作業を、より安全に、より効率よく、より誇りの持てる仕事に改善していきたい、という強い志をお持ちです。そして表面的な形に惑わされず、人機一体の本質である先端ロボット工学技術やビジネスモデルの優位性を根気よく御理解いただけました。最終的には経済的利益を追求することはもちろんですけれども、先端ロボット工学技術の社会実装により鉄道における高所の電気設備保守作業を革新するというゴールに向けて力を合わせていきます」(金岡氏)

  • 大勢で実施する作業風景もかっこいい。しかし感電や落下といった危険が伴う(写真提供 : 人機一体・JR西日本)

試作機の試験、現場の評価はどうか。

「未完成なシステムではありますが、意外と好評でした。手応えはあります。私が開発を始めた20年前から予測はしていたことですが、実作業との親和性は非常に高いです。私の主観的な感想になりますが、まるで以前からそこにあったように、違和感なく溶け込んでいます」(金岡氏)

零式人機はおもに高所作業重機として開発されたが、汎用性の高い「人機」は、鉄道に限らず幅広い分野で活躍するだろう。

「いまのところ汎用物理作業プラットフォームとして、例えば購入したてのスマートフォンのように、何もアプリが入っていない状態です。訓練線での試験を重ねていくことにより、JR西日本様、日本信号様と連携しながら多機能鉄道重機の『アプリ』の開発を進めていきます。2024年春をめどに営業線で導入するという目標を達成するために、できることはなんでもやるつもりです」(金岡氏)

私たちの暮らしに「レイバー」がある時代。その理想のための大きなステップとして鉄道作業が選ばれた。これは鉄道業界、ロボット業界の双方にとって光栄なことだ。

「JR西日本様、日本信号様のプロジェクトとは別に、人機一体として、2025年の大阪・関西万博に出展することを目指し、新たな人型重機の開発を独自に進めています。最終的には、人が直接生身で携わる重作業を無くし、全て人機を介して行なえるよう技術開発を進め『あまねく世界から、フィジカルな苦役を無用とする』理想を実現します」(金岡氏)

  • 人機一体が取り組む「人機プラットフォーム」(提供 : 人機一体)

アニメの世界が現実にやってきた。それは人類にとって必然だったようだ。

なお、『機動警察パトレイバー』の作者、ゆうきまさみ氏は4月17日、先日の本誌記事を紹介するツイートをリツイートした上で、「おいちゃんうれしいよ。」とツイートしている。