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2007年05月23日14:15

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「ドラコ」 と 「ドラゴン」。

   ▲ドラコーン。BC4世紀。 ▲ヒュドラ。
         聖ゲオルギウスとドラゴン。15世紀。ノヴゴロド▲



〓先だっての偽史学博士の

   「ツイフォン」 から 「ドラコ」 が飛来するあたり、
   ギリシャ神話の方も参照はしたようですね。


という指摘に、ああ、そうか、「ドラコ」 は 「ドラコ」 だったか、と、ハタと気づきました。

〓子どものころ 「意味も知らずに覚えたこと」 を、大人になってから、フト、思い出して、突然、その意味がわかる、という経験はないでしょうか。
〓アッタシは、30代になってから、銀座かナニカを歩いているときに、突然、

   YES/NO マクラ

の意味がわかって、愕然とし、そのあと、おかしくてタマラなかったことがあります。「新婚さんいらっしゃい!」 は、子どものころ、よく見ていましたが──放送開始は 1971年 (昭和46年) だそうで──中学生くらいから、カッタルクなって、今日まで見ていなかったんですが、子どものころは、

   YES/NO マクラの当たった夫婦が
   ガッカリするようすが可笑しくて笑っていた


んですよね。
〓それがですね、銀座の往来の真ん中で、突然、“YES/NO マクラ” のことを思い出して、それをアタマの中で眺めるウチに、

   「ああ〜あッ!」

と、本来の意味に気づいたわけです。
〓つまり、“本来の意味が理解できないころにナジンでしまった物” は、大人になっても、“本来の意味に気づかないでいる” ことがあるんですよね。

〓特撮モノに出てくる怪獣の名前も、今から振り返って見なおすと、いろいろな意味が見えてきます。
〓ウルトラマンに出てきた 「ドラコ」 というのは、空飛ぶ怪獣ではありますが、名前は、おそらく、ラテン語の

   draco [ ド ' ラコー ] “ドラゴン”、蛇 (serpent)

です。



  【 「ドラコー」 と 「ドラコーン」 】

〓ラテン語の draco は、ギリシャ語の、

   δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ]

からの借用です。ラテン語は、語末の -n を欠いているように見えますが、これは -n が無いのではなく、「ラテン語においては、本来、主格が -n で終わる単語は、これが落ちてしまう」 という “発音のクセ” があるのです。
〓古い時代の印欧語 (ヨーロッパの言語) において、「語末に現れ得る音」 というのは、たとえば、「現代英語」 などに比べると、はるかに制約が多くありました。ラテン語では、-ōn に終わる場合、おそらく、この -n が発音しづらかったんでしょう。基本的に、これを落としてしまいます。言ってみれば、日本語の 「音便」 のようなものです。
〓ラテン語の draco の変化表を見てください。主格だけ -n を欠いているのがわかります。

   draco [ ド ' ラコー ] 主格。「〜は」
   draconem [ ドラ ' コーネム ] 対格。「〜を」
   draconis [ ドラ ' コーニス ] 属格。「〜の」
   draconi [ ドラ ' コーニー ] 与格。「〜に」
   dracone [ ドラ ' コーネ ] 奪格。「〜から」

〓これで、ラテン語の draco が、ギリシャ語の δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ] を借用した、ということが、シックリくると思います。
〓ならば、ギリシャ語の δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ] の語源は、なんぞや、と言うに、これは純粋にギリシャ語内での造語なのです。

   δέρκομαι derkomai [ ' デルコマイ ]
     見る (to look, see, look at)
     (目などが) きらりと光る

というギリシャ語の動詞があります。ハナシは少々難しくなりますが、この動詞の 「能動相 (のうどうそう) 第2アオリスト」 の不定詞形という派生形があります。

   δρακει˜ν drakein [ ドラ ' ケイン ]
     「目がきらりと光った」 という不定詞

〓「アオリスト」 というのは、古い時代の印欧語にあった 「過去をあらわす時制の1つ」 です。ここでは、とりあえず 「過去形」 と考えてください。この不定詞からつくられた名詞が、

   δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ]
     「目がきらりと光ったもの」→「眼光鋭きもの」

です。
〓古代ギリシャ神話では、「ドラコーン」 は、大蛇 (serpent) の姿をしていました。「ヒュドラ」 ‘ύδρα hydrā [ ' ヒュドラー ] のごとく9つのクビを持つ水棲の大蛇もいれば、羽根がはえたもの、触れただけでも死に至る猛毒を吐くもの、などがいました。

〓ギリシャ語しか解さないユダヤ人のために、ヘブライ語から翻訳された 「旧約聖書」 に

   『七十人訳聖書』
     (紀元前3世紀〜1世紀のあいだに成立)

というものがあります。この 『七十人訳聖書』 の中では、旧約聖書に登場する、ヘブライ語で表現された、いろいろな邪悪な怪物に対して、δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ] というギリシャ語訳が当てられました。
〓“七十人訳” の 『旧約聖書』 で、22回用いられる δράκων 「ドラコーン」 のうち、最多の15回、その訳語のもとになっている単語は、

   תַּנִּין tannīn [ タン ' ニーン ] 古典ヘブライ語

という語でした。この語の意味するところは、必ずしも明解ではないらしく、ヒトによって、さまざまに説明されます。「海に棲む大蛇」、「海に住む怪物」、「クジラ」、「大蛇」、はては、「ジャッカル」 など。
〓現代ヘブライ語では、次の2語が相当するようです。

   תן tan [ ' タン ] ジャッカル
   תנים tanīm [ タン ' ニーム ] ジャッカル (複数形)

   תנין tanīn [ タ ' ニーン ] ワニ

〓 1611年に完成した英語の聖書である 『欽定訳聖書』 では、『七十人訳聖書』 に従って、δράκων 「ドラコーン」 を dragon としていましたが、1952年に米国で完成した “RSV” 『改訂標準訳聖書』 では、旧約聖書の22例の dragon のうち、5例を残して、他は jackal 「ジャッカル」 などに変更されています。

〓また、最初からギリシャ語で書かれた 『新約聖書』 では、dragon は “ヨハネの黙示録” にのみ 13回用いられています。

〓つまりですね、ギリシャ神話で使われていた 「ドラコーン」 が、具体的な “大蛇” の姿をしており、絵姿にも書かれたのに対し、『聖書』 に登場する 「ドラコーン」 は、曖昧模糊として、その実態がハッキリしない 「悪の権化としての怪物」 なんですね。「名前としてのみ抽象的に存在し、その姿は与えられていなかった」 のです。



  【 聖ゲオルギウスの登場 】

〓近代における “dragon” の図像が生まれる契機となったのは、ローマ帝国末期の殉教者、

   【 聖ゲオルギウス 】
     Georgius [ ゲ ' オールギウス ] ラテン語

です。
〓彼は、英国国教会 (聖公会)、ギリシャ正教、ロシア正教などでは聖人とされていますが、カトリックでは、「その存在が疑わしい」 として聖人歴から外されてしまいました。とはいえ、聖ゲオルギウスの名前は、現在のカトリック圏でも、Georges 「ジョルジュ」、Giorgio 「ジョルジョ」、Jorge 「ホルへ」 など、人気のある男子名として使われています。
〓聖ゲオルギウスには、「ドラゴン」 を退治したという伝説があります。リビアの小さな国で、毎日、2匹のヒツジの生け贄をささげさせていた 「ドラゴン」 がおりました。生け贄にするヒツジが、国に1頭もいなくなってしまい、その国の姫を生け贄にしなければならなくなったところにゲオルギウスが通りかかり、ドラゴン退治をした、というものです。
〓聖ゲオルギウスの 「ドラゴン」 退治伝説は、5世紀ころ、つまり、殉教したとされるころからあり、絵画に描かれたのは10世紀からと言われます。
〓しかし、聖ゲオルギウスの伝説を有名たらしめたのは、13世紀に、ドミニコ会の修道士 ヤコーブス・デ・ヴォラーギネ Jacobus de Voragine (ラテン語名) が著した 『黄金伝説』 “Legenda aurea” [ れ ' ゲンダ ' アウレア ] (金の伝説、金色の伝説) という聖人伝集です。
〓これによって、ルネッサンス以降、聖ゲオルギウスと 「ドラゴン」 の姿が、盛んに絵画に描かれるようになりました。

〓近代以降、ヨーロッパの dragon は、単なる大蛇ではなく、ウロコ、角、羽根、4本の足、長いシッポを持ち、口から火を噴く恐竜のような姿に描かれるようになりました。



  【 「ドラゴン」 の系譜 総まくり 】

〓ラテン語の draco [ ド ' ラコー ] が、なぜ、英語の dragon になるか、というと、これは、次のような変化によるものです。

   draco [ ド ' ラコー ] ラテン語。主格
    ↓       ↓
    ↓       drago [ ド ' ラーゴ ] 現代イタリア語
    ↓
   draconem [ ドラ ' コーネ(ム) ] ラテン語。対格
    ↓
   *dragone [ ドラ ' ゴーネ ] 俗ラテン語
       ※母音間の [ k ] が有声化する
    ↓
    ↓→ dragone [ ドラ ' ゴーネ ] 現代イタリア語
    ↓
   *dragon [ ドラ ' ゴン ] 俗ラテン語
    ↓
    ↓→ dragón [ ドラ ' ゴン ] 現代スペイン語
    ↓→ dragão [ ドラ ' ガウん ] 現代ポルトガル語
    ↓
   dragon [ ドラ ' ゴん ] (古期)フランス語
    ↓    ↓
    ↓    dragon ルーマニア語。cf. drac
    ↓
   dragoun [ ドラ ' ゴウン ] 中期英語
    ↓
   dragon [ ド ' ラグン ] 現代英語

──────────

   draco [ ド ' ラコー ] ラテン語
    ↓   ↓
    ↓   drak [ ド ' ラック ] チェコ語
    ↓   drac [ ド ' ラック ] ルーマニア語 (悪魔)
    ↓
   trahho [ ト ' ラッホ ] 古期高地ドイツ語
    ↓
   Drache [ ド ' ラッへ ] 現代ドイツ語

──────────

   draco [ ド ' ラコー ] ラテン語
    ↓    ↓
    ↓    draca [ ド ' ラカ ] 古期英語
    ↓
   drake [ ド ' ラーケ ] 中世低地ドイツ語
    ↓
    ↓→ draak [ ド ' ラーク ] オランダ語
    ↓
   dreki [ ド ' レーキ ] 古ノルド語
    ↓
    ↓→ dreki アイスランド語
    ↓
   drake [ ド ' ローケ ] スウェーデン語
   drage デンマーク語、ノルウェー語

──────────

   δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ] 古典ギリシャ語
    ↓
   δράκοντας drakondas [ ド ' ラーコンダス ] 現代ギリシャ語
   δράκος drakos [ ド ' ラーコス ]  現代ギリシャ語

──────────

   δράκων drakōn [ ド ' ラコーン ] 古典ギリシャ語
    ↓
   дракон drakon [ ド ' ラーコン ] ブルガリア語
   дракон drakon [ ドラ ' コン ]
      ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語。16世紀から

──────────

〓セルビア語、クロアチア語、ポーランド語は、この系統の単語を欠いています。


〓以上、「ドラゴン」 の歴史を概観してみました。
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