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2015年05月24日13:06

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025 光る土/空の影 1/

光る土/空の影





時 春先

場 秩父山中の部落、母不見(ははみず)

人 シテ   少女
  ワキ   女座長
  ワキツレ 弟子





序 イエーツ風に

「煉獄やかた」

丘の上には 焼けただれた館が建っていて
見下ろしてる あの日の悪漢と
逃げおおせた息子の ゆくえ
どこで 生きのびてるか

呑んだくれは 身代呑みつぶし
トネリコやらリンゴも 倒して
薔薇の庭は 荒れ地に変わり果て
伯爵も将軍も寄らぬ ともに愛した家に

 お嬢さんは馬丁と恋に落ち
 館の荒れるのも上の空
 今では屋根のあったあたりからは
 ほうき星のぞく 楕円くり返す日々

逃げおおせた息子 どこ行った
旅から旅への大道芸の 親方におさまって髭の奥
あやまち悔い つぶやき暮らす
わしのナイフは 胸さ

やがての日 わしも妻をもち
せがれさえ育てるたぁ突飛だが!
くり返すさ 悪魔もみそなわせ
てて親殺しの行く末を 所詮さだめの道

 旅路がそのまま煉獄なのさ


前段

田舎道。一本の道標。落雷に遭い、焦げ果てている。
背後に半分倒壊した二階建ての巨大な古農家。観客から見える面は完全に崩れて内部が剥きだしになっている。雨を逃れて奥座敷にかろうじて残る障子の白さがほの昏くおそろしい…。
家につづく小径を、学校の制服を着た中学生くらいの少女が、竹ぼうきで掃いている…。
平手打ちのように晴れた、秋の日の午後。

シテ ♪たまゆら もし あぜにたおれ
 かたぶく ひに さらされたら
 ほろびた ひとの なつかしさ
 おもう ことが あるかな

誰かの近づいてくる気配。

ツレ お師匠! お師匠、飛行機雲です。――あれ。お師匠?
ワキ (杖を突き)臭うよ。臭うよお。
ツレ 臭いますか。
ワキ あぶぶぶぶ(トくさめ)
ツレ 臭うって何が?
ワキ (見あげ)飛行機雲…、
ツレ (見あげ)はい。
ワキ が、臭うよお。
ツレ うっそー!
ワキ うそじゃ。
ツレ (ガク)飛行機雲です、お師匠。直線が、空を斬ります。ゆっくりと、冷たく…。俺たちは、どこへ行くんでしょう。
♪この土の道を
 ヤギもロバもゆく
 そのあとを僕らは
 いかにたどるか
 みちびき、よ!
ワキ あぶぶぶぶ。
ツレ ご覧なさい。どこまでも続く玉ネギ畑です。かつてはリーリーとコオロギの声がしました(ホロリとする)。世界は、お師匠、どうなっちゃったんでしょうね。
ワキ 受け容れることよ。思し召しゆえ。
ツレ でも人は――、

と、ツレ、少女に気づいてハッとする。

ツレ ――君!
シテ かたばみ。
ツレ え?
シテ 12月24日早朝、ダブリンのシャノン空港を飛び立ったエア・インガスBA122便エアバスA330百里往きは日本時間同日夜21時過ぎ、岐阜県鯖江市の上空でなんらかのトラブルを――

少女、なお何か言うが、声は出ていない。身を翻して農家の方に駈け去る。

ツレ おい…! お師匠! いましたよ、人です。人ですよ。
ワキ 見えにゃかったにぇ。めくらだからにぇ。
ツレ 連れてくる。
ワキ お待ち。(臭いを嗅ぎ、立木を手探る)…ちょいとお待ち。
ツレ …はい?
ワキ そこから向こうにいっちゃいけないよ。これが分かるかえ。
ツレ 焼け棒ッ杭。それが?
ワキ チャンスンさ。ご覧。
ツレ チャンスン?(疑わしい)
ワキ 目を閉じて、なぜてご覧。そおれ。
ツレ …顔だ。怒った顔。
ワキ 泣き顔。
ツレ ゲタゲタの笑い顔。(不意に歌い)♪たまゆら もし あぜにたおれ…(不意に戻り)でも、なぜ門に? 村の入口にあるもんだろ。
ワキ 庄屋じゃよ。大きな造りじゃろう。
ツレ ええ。荒れ果ててるけど。
ワキ ふん。(嗅ぐ)あーあー…(考える)
ツレ どうしたの。
ワキ うんにゃ…。長い長い旅じゃった。
ツレ どうしたのさ急に。
ワキ わしがおん出た門にもな、チャンスンがあって、二度と戻ってくるなよと背中を睨めたものよ。五十年も昔の話さ。
ツレ 昔の話、するのかい?
ワキ まあお聞き。(リンゴ出し)お食べ。(ナイフ出し)そら、このやいばと一緒に、わしはさすろうてきたことよ…。お前は溝の底でンまれたが、わしは飼葉桶の間でンまれた。馬のくその臭いで乳を吸うたよ。娘になって、犯されたのも飼葉小屋。ンまずめ、ンまずめって罵られてなぁ、それでも旦那さんには、その方が都合が良かったのさなぁ。先代がこともなく大往生で死んで、若旦那さんはええ人だったが肋膜での、寝たきり同然だったが早くに亡くなりなすった。遺された妹さんが右も左も分からんのを、番頭がしっかりしとってなんとか屋敷はもちこたえたのさなぁ。――あのことさえなければ。
ツレ あのこと…。
ワキ 妹さんには、病気があった。
ツレ ウン。
ワキ (トントンと胸を叩く)
ツレ また肺病?
ワキ うんにゃ。恋の病よ。
ツレ そんなん! 誰だって。
ワキ 並でおさまる恋ではのうて。
ツレ 程度が?
ワキ 性質(たち)もの。
ツレ ふぅん…。で、つまりは、色気づいて屋敷田畑(でんぱた)、カタにしたってんだろ。
ワキ おまいは頭がいい。わしにゃあ似なかったな。
ツレ はぐらかすなよ。
ワキ 行商人がジプシーの女に溝の底で孕ませた小僧っこに、お似合いの教育しかしてこなかったがのう。
ツレ …感謝してら! で、どうなった。
ワキ まだ十四にもならんその子がの、津波のような恋に囚われたのよ。
ツレ いーい話じゃん。ジュリエットだね。
ワキ またその相手というのがのう、
ツレ うん。
ワキ わしでのう。
ツレ はい?
ワキ いひひひひ(照れる)
ツレ ――ええっ? ええっ? …な、ば、そ、(パクパク)
ワキ なばそ?
ツレ なばそじゃねえよ。なんだそれ!
ワキ 訊かれてもわしは知らん。そういうお人だったのだよ。にひにひ。
ツレ あっそう!
ワキ 人は色々じゃ。青いのう。
ツレ 悪かったね。色々経験になって助かるよ! そんで。
ワキ 熱烈な日々だった。
ツレ 受けたのかよっ。
ワキ 所詮わしなぞ使用人。組み伏せられては抗えもせず。
ツレ でかい成りしてなに言ってんだ。
ワキ お嬢様、お嬢様お待ちを。ええいつべこべぬかすな。あれえーご主人お助けを。あ、お嬢様がご主人か。ふはは、うい奴じゃ。こちへ寄れ。いやでございます。寄れといったら寄らんか。いや。なにを小癪な。ばしっ。う、よよよよよ。どうした、痛かったか忍(しのぶ)大夫(だゆう)。
ツレ 忍大夫。
ワキ そんな、ご無体をされては困ります。歳は上なれどわたくしとてもまだ清い体。どうかシャワーは浴びさせて。
ツレ おい。
ワキ わがままな娘じゃった。
ツレ どっちが?
ワキ どっち? ひひひ。あんな寝んねえに振り回されるものかえ。
ツレ 振り回したんだ…。
ワキ ちょっと拗ねてみせればのう、なんでもしてくだすったものよ。
ツレ 手玉に取ってんじゃん!
ワキ 正直のう、復讐の気持ちもあったのよのう。

間…。

ツレ 復讐…?
ワキ どうした、(ツレの顔をまさぐり)んー、どうしたえ、怪訝な顔して。
ツレ よせったら。
ワキ わしの母ぜもな、先代のそのまた先代に孕まされて、わしを産みなすった。ばくろうだったお父(とう)は気が弱くての、ものごころついた時にはもう気が触れて、暮れ方の逢魔ヶ刻(とき)になると、わしをねんねこに逆さに負ぶうて、この道を裸足で、ばくろう峠まで駈けたものよ。振り向けば秩父から丹沢にかけての稜線が金に染まる時分、峠から見はるかすオレンジ色の夕闇の平原を指してのう、やいスエ、おめえだけはこんな村に居残んだねえど、奉公すんなら山さ下りてすんだらええが、こげな村にいてもダメだんべ、今なら工場も炭坑もあっがらよ、逃げんだぁよ! わしは…、逆さに負ぶわれたまま、そうかぁ、世界ちうんは平らで逆さまなもんなのなあ…、思ったものよなあ。
ツレ ――世界は逆さまで、真っ平らか…。
ワキ ほうして、だだっ広くて金に燃えるのさ。

上空を通過するジェット機の衝撃波。

ツレ ねえ。復讐ってなんだい?
ワキ たれもかもが俵に詰めた豆みたいに狭い渓にひしめいて、笑うも泣くも三町ばかりの道一本、そんな捕り縄でぎりぎり絞られたようなこの村は、結局、わしを放してはくれなんだ。その頃のわしにはだからあのお屋敷が、わしの胸から腹からきつく縛り上げる捕り手みたいに思えたものよ。そのお屋敷の一粒種が、花も恥じらうころあいに、馬糞まみれの下女の言いなりに動くと思え。え? どうじゃ、ひひひ。こたえられなかったにぇ。
ツレ 悪そうな顔だな!
ワキ 熱烈な日々じゃった。
ツレ いやもう信じらんねえよ。それで、お屋敷もこの有様か。くわばらくわばらだねえ。
ワキ ちっちっち。甘い。江戸から続いたお舘が、そうそう無闇にかたぶくものではない。ここはのう捨吉、ただの屋敷じゃなかったことよ。
ツレ なに…言ってるんだい?
ワキ ただの庄屋じゃなかったのだよ。なぜチャンスンが立っている。
ツレ 高麗(こま)にも吉見の池にもあったよ?
ワキ 山の上ではここだけじゃ。ん、なぜと思うな。
ツレ 朝鮮の村なんだろ。
ワキ それだけじゃにぇい。お屋敷の裏の竹やぶを上がるとの、物見の高台に槙(マキ)の大木が立っておってのう、梯子のように足掛かりがあって、いえい、いえい、いえいいえい、やっとな。上には今でも焼け焦げが残っておるじゃろうか。
ツレ え?
ワキ 梢から西を見あげれば母不見(ははみず)の峰。ふりさけ見おろせば比企の物見山まで一望じゃ。そこから筑波加波山までは真っ平らゆえ、ただ一本の松明で済む。
ツレ …え?
ワキ くくくくく。
ツレ 分かんないよ。なに言ってるんだい?
ワキ 尾根から尾根を渡れば、いったいどこまで行けると思うな?
ツレ 西へ? うーん、箱根の先くらい?
ワキ ちっちっち。伊吹山じゃ。
ツレ どこそれ。
ワキ 近江さね。
ツレ 滋賀県?! うっそだぁ。
ワキ 江戸を逃れ筑波を追われた天狗どもは、皆この屋敷の竹やぶを漕いで山に消えていったというさ。その数、おおよそ五百人。
ツレ なに、なに言ってる?
ワキ 若狭・鯖江・松江のあたりの岬の陰に、舟は二十も待っていた。飛騨から伊吹から夜陰に乗じて平地に下りまた琵琶湖を渡り、小舟でひっそり参集した志士たちは、二度と戻っては来んかった。これが、消えた秩父事件の顛末よ。
ツレ 海を渡った? 何のために。
ワキ 朝鮮東学党と合流するためよ。東アジア権力層の足元を浚(さら)おうとしたのよ。
ツレ 分かんないや…。なんでそんなことしたかも分かんないけど、だってさ、第一どうやって相談したのさ。それにどうやって連絡を取り合うの?
ワキ 時の政府にも薩長土肥を快く思わぬ者はたんとおった。閥内勤王派は、長州の土ン百姓政権よりは、李氏王朝と結ぶを選んだことよ。通信じゃと?
ツレ うん。電信てわけにいかないじゃん。
ワキ …松明さね。
ツレ え?!







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