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2018年06月19日04:51

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エチオピア紀行(134):旅で初めてイスラムの気配

 エチオピアのメケレの朝、ホテルの窓から外を観た。
 通りを往来する白布の男たちの他、遠くに珍しいものを見つけた。イスラムのモスクと思しき建物である(写真)。
 久しく休載していたエチオピア紀行を再開する。この間、1月末にニュージーランドのミルフォード・トラックを歩いたり、4月に福島に桜10景の旅に出かけたり(肝心の桜はほぼ終わり、まだ満開だった会津では雨に降られたりと散々だった)、さらに宮古島の旅だとかソウルの旅だとかが挟まり、ずっと放置していた。
 振り返れば、エチオピアの旅はもう2年半前に近い。その後に行ったヨルダン、イスラエルの紀行文は、ずっと休載し放しだ。こちらは今少し、放置するしかない。

◎ティグレ州にはムスリムが約5%
 さて、エチオピアである。旅の7日目(エチオピアでは6日目)の朝のメケレは、ティグレ州に属するが、エチオピア全体と同じ、キリスト教徒が大半だ。
 しかしイスラム教徒が多数の遊牧民の地の東部に近いせいか、人口比5%前後のイスラム教徒もいる。これが東部の低地になると、さらにイスラム教徒の比率が高まる。翌日に観ることになるダロール地溝帯のアサレ塩湖近くの岩塩採掘に従事するのは、アファール族イスラム教徒だ(僕らが訪れたのは金曜日で、イスラム教の安息日に当たったので、岩塩採掘はお休みだった)。
 それでも、ここでエチオピアで初めてのイスラムの気配だった。

◎耐震などどこふく風の柱の細さ
 朝食後、外に出てみた。
 改めて泊まったプラネットホテルを外から観ると(写真)、日本では絶対にお目にかかれないほどの柱の細さに驚く。隣の建設中の建物も、柱は細く、床は薄い。足場も、細い丸太だ。
 メケレは、まさに日本のインバウンド需要と同じで、外国からの観光需要を当て込んでホテルラッシュである。泊まっている僕たちは分かり難いが、毎度のことながらエチオピアに来て高層建築の貧弱さに薄ら寒さを覚える(写真)。
 万一、エチオピアで大地震に見舞われれば大被害の出るのは必至と思える。
 だから僕は、旅が終わるまでエチオピアで地震が起こらないことをずっと望んでいた。(昨日朝、大阪北部を襲ったM6.1の地震で交通機関がストップし、京都・大阪を訪れていた多数の外国人旅行者の脚も奪われた。地震国日本の1つのリスクだが、エチオピアの都市の建築中ビルを思い出すにつけ、味わった不安さをいかばかりだったかと同情をする。)

◎日本の明治時代的風景も
 そして建物の頑丈さには疑問符が付くけれど、ともかくモダンな建物が建築中である。その足元で、日本の明治時代さながらの光景が目に入る。
 例えば、馬車である(写真)。これはいまだにエチオピアの主要運搬手段のように見える。
 さらに建設中のビルの囲い塀の傍らに、露店のような店が出る(写真)。一部は、ここに寝泊まりしているのではないか、とも思える。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201806190000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:イスラエル・ヨルダン旅行のため休載

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