mixiユーザー(id:7656020)

2009年10月24日00:39

37 view

外伝6 第5章

第5章 煙る谷

 焼け落ちたユーラの村は黒い煙をあげていた。家々は焦げた柱を助骨のように晒し、人々の築き上げた全ての営みの成果は文字どおり灰燼に帰していた。そしてユーラの村人たちは、あるいは判別することもかなわぬ黒焦げの骸と化し、あるいは全身を矢に射抜かれた針鼠さながらの無残な姿で、煤だらけの大地に等しく打ち捨てられていた。煙をくぐるように低く差し込むどんよりとした夕日は、それらのすべてを濁った血のような昏くも恐ろしい色に染めあげているのだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 夕方イルの村に流れ着いたアレスは動く死体と化して舟の上に起き上がったが、揺れる舟の足場の悪さに姿勢が崩れたところを槍や矢を一斉に打ち込まれ、鋤や鍬でめった打ちにされたあげく蛮刀で首を刎ねられた。知らせを聞いて駆けつけた村長ヤノスの命令でアレスの亡骸は舟ごと火をかけられ焼き捨てられた。そして夜通し協議を重ねた彼らは、これだけの人数が暮らせる新たな場所などない以上、命の絆たる川の源に巣食い村娘を連れ去るに至った恐るべき魔物を掃討するしか、もはや生きる道はないとの結論に達したのだった。

 空が白み始めると同時に、村長ヤノスは武装した一団を率いてユーラの村へ向かった。弓や投げ槍を手にした彼らは大量の藁と油を荷馬車に積み込み、ともすれば頭をもたげようとする恐怖を追いつめられた者の敵愾心で無理やり抑え込みながら、アレスが下ろうとした川沿いの道をひたすら北上した。
 正午の太陽に照らされたユーラの村には畑を耕す農夫も川魚を漁る漁師の姿も見当たらなかった。普段なら不審に思えるはずのその光景の意味は、いまや彼らにとっては自明のものに思えた。白い壁の家々の中では闇の眷族と化したものどもが、哀れな娘を貪りながら陽を避けてひしめいているに違いない。ヤノスに指揮された一行は物音をたてぬよう細心の注意を払いつつ、呪われた村の包囲を完了した。

 折悪しくユーラの村では、村長ウルスや狩人頭ルディが集めた村人全員に村を離れなければならないと説いていた。中央広場に集う村人たちは朝からの果てしない議論に疲れ果てていたため、煙の匂いと火のはぜる音に気づくのが遅れた。燃え盛る炎に退路を断たれたウルスや大半の村人たちはたちまち煙に巻かれ、炎を突っ切ることができた僅かな者もあえなく全身を矢に射抜かれて斃れた。恐慌に陥った射手がとっくに息絶えた骸へ狂ったように矢を浴びせ続ける、そんな悪夢のごとき虐殺の大地の上空では、太陽までもが業火に炙られ持ち堪えられなくなったかのように、天空から剥がれ落ちてゆくのだった。



 低くずり落ちた太陽を見たヤノスが撤収を命じたとき、眼前に広がっていた光景はこの世の地獄そのものだった。しかしイルの村人たちは誰一人、その恐ろしさを自分たちの行為ゆえのものと認識することがなく、魔性に堕ちた呪うべき民の禍々しさとして受け止めただけだった。殺しても殺しても黒焦げの骸や矢に打ちぬかれた死体が立ちあがることへの脅えを拭えなかった彼らは、この凄惨な事件により金色の髪と緑の瞳を持つ者への恐怖に永く呪縛されるに至った。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そして二百年を超える歳月の果て、アールダばかりか邪悪な男さえも滅び去り、アルデガンに封じられていた魔物たちが地上に解き放たれてから数年後、この地を訪れた者たちがいた。砂漠を越えてきた旅人たちの一人は呪わしき徴を持つ者だった。そして魔獣の翼に乗り月影煙る天空より飛来したのは、邪悪な男に因縁浅からぬ吸血鬼だった。

                           終


『隻眼の邪法師』〜アルデガン外伝7〜
第1章 翳りの夜空 →
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1758950262&owner_id=7656020


← 第4章 川辺の道
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1317832677&owner_id=7656020

1 14

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年10月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031