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白洲次郎と正子と吉田茂

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詳細 2016年8月2日 20:32更新

サンフランシスコ講和会議の吉田茂首相の演説の場面は、時々放映される。映画『小説吉田学校』でも、この場面は実際の映像を使用している。
 会議の最後に吉田首相が日本語で行ったこの演説の原稿は、2日前まで英文であった。GHQと外務省が用意した演説原稿を、「日本は戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない」と言い、吉田首相に独立国の面子として、日本語で演説するように諫言したのが、白洲次郎である。

 裕福な家庭に生まれ、ケンブリッジ大学卒で海外取引を専門とする欧米通の商社マンであった白洲を、吉田は占領軍と日本政府の交渉窓口へと引き抜いた。白洲は「ワンマン吉田」に諫言し得る唯一の側近となった。
 ケンブリッジ大学時代、白洲は「走る宝石」と言われた名車ブガッティでヨーロッパを駆けめぐった。イギリス紳士道にどっぷりひたった彼は、アメリカ文化を成金文化と見下していた節がある。

 GHQのホイットニー民政局長が彼の流暢な英語を褒めた時、「あなたの英語も、少し勉強なされば一流になれますよ」と切り返した話など、白洲次郎ならではである。
 また、「クリスマスプレゼント」の話も有名である。敗戦後初めてのクリスマスに白洲は、昭和天皇からマッカーサーの一家に贈るクリスマスプレゼントを託された。ところが マッカーサーの身辺はすでに贈り物で一杯で置き場が無かった。 マッカーサーは床に目をやり、「そこに置いていけ」という仕草を見せた。その瞬間、白洲は 怒りを爆発させ、「いやしくもかつて日本の統治者であった者からの贈り物を、その辺に置けとは何事か!」と、そのままプレゼントを持ち帰ろうとした。驚いたマッカーサーは、 慌てて新たなテーブルを用意した。
 これらの振る舞いに、GHQは白洲を「占領下、ただ一人の従順ならざる日本人」と評している。

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2006年5月31日

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