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グィド・カンテルリ

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詳細 2016年5月20日 19:09更新

インバル、ムーティ、井上道義、ユベール・スダーンなどが優勝しているグィド・カンテルリ国際指揮者コンクールでその名前は聞いたことがあるかもしれませんが、あまり知られていないのが実情です

グィド・カンテルリ(カンテッリ)Guiddo Cantelli
1920年イタリアのノヴァラで生まれ,23歳で地元ノヴァラの歌劇場の芸術監督に任命されるが、就任直後にイタリア軍により強制的に召集される

ドイツ軍と一緒に戦うことを拒否したため、強制労働収容所に送られたが、病気のため病院に移送される。間もなく脱走に成功し地下抵抗運動に参加して偽名で演奏活動を続ける

戦後、スカラ座管弦楽団とのコンサートをはじめ、イタリア各地のオーケストラを指揮して本格的な演奏活動を開始して注目される

1948年、スカラ座管弦楽団とのリハーサル中にトスカニーニに認められたのが世界的に注目されるきっかけとなった

イタリア人若手指揮者としては、年上であるジュリーニらを差し置いて、トスカニーニの後継者と目されており、トスカニーニ自身もカンテッリの演奏とレジスタンス参加時のエピソードに感銘を受け、大きな期待を寄せていた

1949年、トスカニーニの招きでNBC交響楽団を指揮し、アメリカ・デビューを飾る

53年と54年のザルツブルク音楽祭ではウィーン・フィルのコンサートを成功させる

モーツァルトの生誕200年を記念するピッコロ・スカラ座での「コシ・ファン・トゥッテ」を自ら演出も兼ねて上演して大成功をおさめ、オペラ指揮者としても名声を決定づけた

この結果、病気療養中のデ・サーバタの後任としてスカラ座の音楽監督に就任することが決定

しかし・・・

その8日後の1956年11月24日、ニューヨーク・フィルに客演するためアメリカに旅立つ途中、パリ郊外のオルリー空港を離陸直後に飛行機事故のため36歳で夭折。その突然の死を世界中から惜しまれた

1950年代前半においては、戦前から活躍していた12歳上のカラヤンと並び、新しい世代を代表する指揮者として大きな期待を集めていた(ショルティより8歳下、ジュリーニより6歳下)

カンテルリと同世代の指揮者として目覚ましい躍進を遂げていたのが、2歳年上にあたるバーンスタインで、彼は、カンテッリが指揮するはずだったコンサートで代役を務めている

54年のフルトヴェングラーの死後、カンテルリの録音する作品がモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスの交響曲などが集中的に行われるようになり、彼が契約するHMVではフルトヴェングラーの後継者とされていた

カンテルリの演奏はトスカニーニ以上に細部とバランスを重視し、内なる声をより響かせ、アクセントのつけ方などもトスカニーニより明瞭だったとも

演奏会のリハーサルで一人の楽員がチューイングガムを食べながら参加しているのを見て泣き崩れたとのエピソードが残っています

どこかのサイトで
「死んだ人を賞賛し過ぎる傾向がある」
とありました
素晴らしいものは素晴らしいのです!

重複して語っていただいて構いません
それぞれの解釈がありますから

ぜひメンバーの皆さんへの自己紹介をお願いしますexclamation ×2
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=7304664&comm_id=955972
主な指揮者との年齢の比較
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=7306246&comm_id=955972
オススメ盤紹介
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=8065031&comm_id=955972

トピックは御自由に作ってください

皆さんで天才を偲びましょう

目標は10000人です

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2006年5月30日

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カテゴリ
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