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八雲恵美子(八雲理恵子)

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詳細 2016年5月3日 10:00更新

本名:玉野千代子
明治36年(1903年)
大阪府大阪市北区相生町生まれ。

略歴:
花柳界に程近い町で育ったこともあって幼い頃から遊芸に親しみ、4歳のとき山村流舞踊の門に入り、17歳にして奥許しを得た。この間、相生小学校を卒業。18歳のとき神戸高等工業学校出身の造船技師・春野影彦と恋におち、春野の上海転勤に従って、親の許さぬ恋の逃避行を試みた。だが、美男子でスタイリストの春野はご多聞にもれず色魔だったので彼女の夢は破れ、苦い思い出を抱いて悲しみの帰国をした。門司から両親に詫び状を出したが、かたくなな父に許してもらえず、自活の道を選ぶ。芸は身を助けるのたとえどおり、習いおぼえた芸事を生かして門司で左褄をとり、神戸、大阪南地を転々としたが、キリリとした美貌からたちまち売れっ妓となり、大阪でも名妓とうたわれるようになった。芸妓にパトロンはつきものだが、関西歌舞伎の片岡我童(のちの十二世仁左衛門)に落籍されたのをはじめ、敷島倶楽部の主任弁士・若林桜天と同棲したこともある。若林と別れたのち、24年に松竹下加茂撮影所に旧劇スターの市川荒太郎と東愛子の夫妻を訪ね、その紹介で大阪の松竹楽劇部に入り、京都・弁天座で初舞台を踏む。だが、楽劇部の生活は、彼女にとって映画女優ヘのワン・ステップに過ぎなかった。26年1月10日、松竹かまた撮影所ヘ入社。八雲恵美子の芸名で、五所平之助監督が女学生と大学生の恋の葛藤を感傷的に描いた「初恋」に押本映治と三田英児の相手役の女学生に抜擢されてデビュー。すでに23歳だった初々しさに艶っぽさを利かせて、まずまずのスタートを見せた。同じく五所監督の「母よ恋し」で名子役・高尾光子と共演し、鈴木重吉監督の支那劇「霧の中の灯」に薄幸の中国娘の役で正邦宏と顔を合わせ、五所監督の「娘」ではバー勤めから病を得て実家へ帰り、間借り人と恋しあうが、母親(林千歳)に嫉妬されて仲を裂かれたうえ、母親の情婦に子供をみごもらされて投身自殺するヒロインを演じ、これも五所監督の「帰らぬ笹笛」に盲目の少年(小川国松)に慕われつつ東京へ嫁に行く娘にふんし、蔦見丈夫監督「恋の闖入者」に秋田伸一と主演、デビュー半年にして早くも売れっ子となる。
 島津保次郎監督「虹晴れ」に岩田祐吉、英百合子に次ぐ大役を与えられ、時代劇にも応援し、前田曙山原作「黒髪夜叉」全4編では絵師・秀麗にふんして乾隼人の役の森野五郎、覆面の怪女中お新の役の川田芳子と共演、堀田金星主演の「幻の賊」26にも重要な脇役で出演した。正月映画にも登場し、五所監督の「彼女」26に芸者あがりのお妾さんの役で主演。この年は5本の五所作品に出演したが、その五所が言うように、後ろ姿に何ともいえぬ艶っぽさを見せたが、日本髪のよく似合う美貌と、芸事できたえた勘のよさが評判となり、蒲田映画のホープとなり、大正から昭和へと年号が変わった27年1月には、田中絹代、岡村文子、吉川満子らとともに準幹部に昇進。清水宏監督「三人の娘」に石川薫、佐々木清野と共演、蔦見監督の「八つ当たりこぶだらけ」に押本映治と共演して喜劇もこなし、島津監督の「女」に先輩の筑波雪子と共演したが、このころ彼女は、島津と五所という師弟関係にある2人の監督に愛されるという苦しい立場に立たされた。もっとも、若い五所の場合は演技指導が行きとどいて、つい、美しい八雲のクローズ・アップが多くなるという、いわばプラトニック・ラブの域だったと思われるが、島津の八雲に対する求愛は深刻なものがあったという。だが、初恋の相手に幻滅を味わって以来、男性の表裏を知りつくしている彼女は、島津の愛を受け入れなかった。五所の女性映画において彼女はとくに精彩を放ったが、それは監督の八雲に対する讃仰の思いと、八雲の監督に対する尊敬の念が、ともに昇華した結果であろう。
 野村芳亭監督「父帰る」では酌婦お竜で脇にまわったが、素直な演技が評価され、五所監督の「恥しい夢」でも、雛妓(おしやく)になる初々しい田中絹代を助けて余裕を見せ、大久保忠素監督「やきもち」に飯田蝶子と共演。次いで五所監督の潮来(いたこ)を舞台にした水郷哀詩「からくり娘」に主演。女工勧誘員(星光)など、旅の男たちを身投げのふりをして気を引き、旅まわりの写真師(渡辺篤)を射止めたものの結婚の翌日、奇矯な行動をして逃げられてしまうヒロインお民を演じたが、五所の指導でこの難役を見事にこなし、「巧みと言うより、むしろ堂に入った演技である。大胆な所作と表情は秀れた出来、非常に好感を与えられた」(『キネマ旬報』)と高く評価され、作品はベスト・テン6位に入選し、彼女にとっては記念すべき1作となった。続いて清水監督「恋は曲者」と「炎の空」に、奈良真養、モダンガールの柏美枝と共演、芳亭監督「毒唇」に可憐な田舎出の小間使いにふんして岩田祐吉、松井千枝子と顔を合わせ、重宗務監督「久遠の像」では女学生、清水監督「人生の涙」では、ひかえ目で可愛らしい村娘の役で、ともに岩田祐吉と共演、重宗監督の下町の花柳界を扱った「恋模様二人娘」では浪花友子を共演者に主役をつとめ、再び正月映画に起用され、芳亭監督「愛の凱歌」27に岩田祐吉と主演。この27年も「赤尾林蔵」「白虎隊」「秋草燈篭」「島原美少年録」27斗4本の時代劇に出演し、そつのない脇役ぶりを見せた。
 こうしていちじるしい進境が認められて28年1月、目をみはらせる異例のスピード昇進で幹部になる。重宗監督の「射的屋の娘」、斉藤寅次郎監督で渡辺篤と組んだ「果報は寝て待て」に主演。しばらくコンビがとだえていた五所監督とも組んで「村の花嫁」に主演。村の模範青年の婚約者だったが骨折して不具となり、周囲の偏見から妹(田中絹代)に婚約者を譲らねばならなくなるヒロインを好演。これはベスト・テン6位となった。井上正夫の相手役に起用され、芳亭監督「道呂久博士」「富岡先生」、島津監督「輝く昭和」に共演して栗島すみ子に次ぐスター女優ぶりを見せた。清水監督「愛欲変相図」にカフェーのナンバー・ワン女給、芳亭監督「美人かし間」に下宿屋の娘にふんして主演、魅力をいよいよ発揮。人気急上昇中の鈴木伝明と牛原虚彦監督コンビによる話題作「彼と東京」「陸の王者」にも共演。前者で都会の生活を嫌い田舎へ帰るスマートな正義漢・伝明の初々しい妻、後者でお得意の芸妓にふんして伝明の姐の役を演じて評判を呼んだ。芳亭監督の「棘の楽園」では岩田祐吉を中心に栗島すみ子、川田芳子と競演、「恋のキャンプ」「夏の日」でも岩田祐吉と共演、「夏の日の恋」では水着姿も披露。五所監督で山内光と組んだ「街頭の騎士」はあまり評判にならなかったが、芳亭監督の「青春交響楽」28に田中絹代、筑波雪子と共演して三たび正月映画に登場。五所監督の「夜の牝猫」「情熱の一夜」では妖艶な女賊にふんし、とくに後者は船員にふんした井上正夫との共演で話題をまいた。島津監督のもとで、日活と競作した仁村定一・歌の流行映画「君恋し」や「春の唄」、里見とん原作「多情仏心」では島田嘉七と組み、芳亭監督「雲雀なく里」29では奈良真養と共演。コノ28年から29年前半は彼女のピークとなった。重宗監督「今年竹」に助演したあと、菊池寛原作の清水監督「不壊の白珠」ではヒロイン水野俊枝にふんして二枚目の高田稔と共演。これには八雲の妹役で、築地小劇場から蒲田入りした清純派の及川道子がデビューした。
 川田芳子の代表作「母」29、「姉妹編・母」30にも大役で準出演。島津監督の「レヴューの姉妹」では筑波雪子と組んで主演したが、当時の島津はモダン女優・滝田静枝と意気投合していた。重宗監督「新篇・愛恋序曲」に島田嘉七、「女性天国」に岡田時彦とコンビで主演。島津監督で栗島すみ子主演の「麗人」に準主演。菊池寛原作で佐々木恒次郎監督「父」30では網元の娘ふんして岩田祐吉、高田稔と共演し、高田稔とは「霧の中の曙」30、「銀河」31、芳亭監督「燃ゆる花びら」31でも共演した。30年以後、出演本数はめっきり減るが、八雲ならではの味のあるものが少なくなく、小津安二郎監督にはじめて起用され、当時、ハリウッド映画のモダニズムにひかれていた小津が人情味の盛り込み方に抜群のスマートさを見せた「その夜の妻」30で岡田時彦と顔を合わせ、病気の子供の薬代を得るために強盗を働く男の妻を、生活感をにじませて巧演。この不世出の二枚目・岡田時彦とは佐々木恒次郎監督「輝く女性」31に小説家と女優の役で主演したのに続いて小津監督「東京の合唱」でも夫婦の役で共演。不景気の中で失業した夫とともに生活に苦労する妻をしみじみと演じて作品がベスト・テン3位になるとともに彼女の女優歴にいちだんと重味を加えた。島津監督の大作「愛よ人類と共にあれ」前後篇では主役の上山草人の長女・操にふんして浮気っぽい女心を見せ、自身も重宗監督「肉体の暴風」、芳亭監督「暴風雨の薔薇」で若手ニ枚目の結城一朗を相手に主役を続けたが、この組み合わせでは、相手の男優より彼女の方が年長ということになり、ようやく年齢的な衰えを感じさせた。大幹部・岩田祐吉は、この31年まで主役を演じたが、彼の最後の主演映画に相手役をつとめたのは八雲で、芳亭監督の「真理の春」「麗人の微笑」 31に絶妙のコンビを組んだ。
 32年、蒲田の人気女優ナンバー・ワンは、すでに田中絹代に移り、その田中に下加茂のナンバー・ワン林長ニ郎を組ませて正月映画第三弾として放った野村芳亭監督の「金色夜叉」で八雲は赤樫満枝にまわり、下加茂に招かれて犬塚稔監督「祭唄美代吉殺し」で林長ニ郎の相手役をつとめたのち芳亭監督の「新四谷怪談」に岡譲二を相手役として主演したが、柳橋の名妓とうたわれながら二枚目役者に入れあげた末に裏切られ、階段から落ちて顔に醜い傷を負い、悶死して亡霊となって現れる芸者峰吉の役で、美しく華やかなヒロイン時代の終わりを示唆した。続いて芳亭監督の「涙の瞳」にも岡譲二を相手役に主演、五所監督の「恋の東京」に田中絹代を助演、重宗監督「陸の若人」32、「恋ざんげ」33に4歳若い大日方伝と共演し、30歳という八雲の年齢をいよいよ強く感じさせ、オールスターの衣笠貞之助監督「忠臣蔵」32では浮橋太夫にふんした。主演女優としての彼女の掉尾を飾ったのは、佐々木恒次郎監督の「昨日の女今日の女」33で、芸達者の斉藤達夫と組んで料理屋の女にふんし、年増女の情感をただよわせて出色の名演技を見せた。芳亭監督の小唄映画「天龍下れば」に人気女優・川崎弘子の姉芸者の役で助演したのち、33年8月、短命のおそれありという姓名判断に従って、恵美子を理恵子と改名した。
 改名後の第1作は重宗監督で筑波雪子が女医にふんして城多二郎と主演した「理想の良人」で、次いで勝浦仙太郎の監督第一作「愛の出船」33に酒場の女にふんし、新進の徳大寺伸を相手役に主演した。34年、下加茂へ出向して小唄映画「薩摩心中」に芸妓・千代竜のはまり役で高田浩吉と組み、この呼吸の合った共演ぶりは当時話題を呼び、林長ニ郎主演の「月形半平太」で芸妓・染八を演じたほかは活躍が見られなかったが、同年秋、蒲田で小津安二郎監督に三たび起用され、「浮草物語」34に主人公の旅役者の座長・喜八を演じた坂本武の相手役として、一座の花形女優で喜八と内縁関係にあるが、旅まわりの途中で、その土地に住む女が喜八との間に男の子までつくった関係にあると知って嫉妬のあまり、一座の娘をそそのかして男の子を誘惑させる中年女おたかを演じ、凄みと哀しみに女の性(さが)を見せて情趣あふれる好演とし、作品はベスト・ワンに選ばれ、彼女にとっては後期の代表作となった。35年は、まったくのブランクをつくり、36年1月の佐々木康監督「悲恋華」、2月の「母の面影」に母親スターとして再生するかに見えたが、以後は若手スターの引き立て役にまわり、恒次郎改め佐々木啓祐監督「お芙美の評判」で主役の高杉早苗をつれた流れものの琵琶の師匠を演じ、宗本英男監督「下田夜曲」で佐分利信と組んで、これを最後の主演作品とし、「男性対女性」 36、「その夜の秘密」37などに助演。新興キネマ大泉撮影所へ応援して伊奈精一監督「みだれ島田」37に高津慶子を助演。新派狂言『花柳怪談・紅書小幡草紙』の映画化で、高津のお滝に殺されるお袖にふんして執念の凄みを見せた。松竹大船では大幹部・田中絹代、大幹部待遇・飯田蝶子に次ぐ筆頭幹部女優の地位についていたが、その後は役に恵まれず、38年に引退。古風な日本型美人で、若いころは紅灯の巷から抜出てきたような馥郁(ふくいく)たる色香をただよわせて、得がたい女優だった。戦後は化粧品会社を創立して社長となり、長く蒲田と大船撮影所長をつとめた城戸四郎をかこむ蒲田会にも旧友の筑波雪子らとよく顔を見せていた。その後、サンランド貿易会社の社長から会長となっていたが、79年1月13日、心不全のため75歳で死去した。


小津安二郎の映画作品。「その夜の妻」「東京の合唱(コーラス)」「浮草物語」の三作。それと 1931年の松竹蒲田作。監督清水宏。「銀河」など、今となっては現存する数少ない貴重な映画にも出演している、この女優を観て、激しく心動かされました。

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