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一枚起請文

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詳細 2017年2月25日 10:55更新

法然が建暦二年(一二一二)臨終の際、
門弟の源智の求めに応じて
浄土往生の要義を和文で一枚の紙に書き、遺戒としたもの。
浄土宗で朝夕読誦(どくじゆ)する。
一枚起請。一枚消息。御誓言。

●○●原文●○●
唐土(もろこし)我朝(わがちょう)にもろもろの智者達の沙汰し申さるる観念の念にもあらず。
又学問をして念のこころを悟りて申す念仏にもあらず。
ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、
うたがいなく往生するぞと思い取りて申す外には別の仔細(しさい)候(そう)わず。
ただし三心(さんじん)四修(ししゅ)と申すことの候(そうろ)うは、皆決定(けつじょう)して
南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候うなり。
この外に奥ふかき事を存ぜば、二尊のあわれみにはずれ、本願にもれ候(そうろ)うべし。
念仏を信ぜん人は、たとい一代の法をよくよく学(がく)すとも、一文不知の愚鈍の身になして、
尼入道(あまにゅうどう)の無智のともがらに同じうして、
智者(ちしゃ)のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし。
証の為に両手印をもってす。
浄土宗の安心起行この一紙に至極せり。源空が所存、この外に全く別義(べつぎ)を存ぜず、
滅後(めつご)の邪義(じゃぎ)をふせがんがために所存をしるし畢んぬ。
建暦二年正月二十三日 大師在御判

○●○現代語訳○●○
私(法然)の説いてきたお念仏は、み仏の教えを深く学んだ中国や日本の高僧方が理解して説かれてきた、静めた心でみ仏のお姿を思い描く観念のお念仏ではありません。また、み仏の教えを学びとり、お念仏の意味合いを深く理解した上で称えるお念仏でもありません。阿弥陀仏の極楽浄土へ往生を遂げるためには、ただひたすらに「南無阿弥陀仏」とお称えするのです。一点の疑いもなく「必ず極楽浄土に往生するのだ」と思い定めてお称えするほかには、何の子細もありません。
ただし、お念仏を称える上では三つの心構えと四つの態度が必要とされていますが、それさえもみなことごとく、「『南無阿弥陀仏』とお称えして必ず往生するのだ」と思い定める中に、自ずと具わってくるのです。もし私が、このこと以外にお念仏の奥深い教えを知っていながら隠しているというのであれば、あらゆる衆生を救おうとするお釈迦さまや阿弥陀さまのお慈悲に背くことになり、私自身、阿弥陀さまの本願の救いから漏れ堕ちてしまうことになりましょう。
お念仏のみ教えを信じる者たちは、たとえお釈迦さまが生涯をかけてお説きになったみ教えをしっかり学んだとしても、自分はその一節さえも理解できない愚か者と自省し、出家とは名ばかりでただ髪を下ろしただけの人が、仏の教えを学んでいなくても心の底からお念仏を称えているように、決して智慧のある者のふりをせず、ただひたすらにお念仏を称えなさい。
以上のことを証明し、み仏にお誓いするために私の両の掌を印としてこと一紙に判を押します。
浄土宗における心の持ちようと行のありかたを、この一子にすべて極めました。私、源空の存ずることには、この他に異なった理解はまったくありません。わたしの滅後、お念仏について邪な見解が出てくるのを防ぐために、存ずるところを記し終えました。
建暦二年正月二十三日(法然上人の御手印)


以上の一枚起請文紹介、原文は
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9E%9A%E8%B5%B7%E8%AB%8B%E6%96%87
から転写させて頂きました。

現代語訳は
『法然上人ご法語2 法語類編』
浄土宗総合研究所編訳
から転写致しました。





合掌
 南無阿弥陀佛

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