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俺の指の匂いを嗅げ

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詳細 2016年6月5日 18:12更新

- ファンク進化論 -

<進化の行き過ぎ>
 「生命の進化」とは、「適者生存」の原理、すなわち、よりその生活の場に合った特徴をもつ生物が生き残って行くことによって、押し進められてきたと言われています。そのために、生物の形やライフ・スタイルは、常に変化をし続けているわけです。しかし、時にこの進化は「進化の行き過ぎ」とも呼べる特殊な状況を生みだしてしまうことがあります。例えば、かつて地球上で繁栄を誇ったアンモナイトは、進化の行き過ぎによって、ねじれたり、細長くなったり異常な形のものが増え、ついには絶滅へといたりました。身近なところでは、海辺に住むシオマネキの巨大なハサミがあります。彼らは、より強く見せるために、あんなにも身体に不釣り合いな進化をとげてしまったのです。そして、同じような「進化の行き過ぎ」は、人類の文化にも存在します。
 アフリカに住むのスルマ族の人々にとって、美人とはより大きな下唇を持った女性のことです。そのため、スルマの女性たちはみな下唇をより大きくするため、そこに切れ目を入れ木製の円盤をはめ込んでいます。そして、その円盤を少しずつ大きくして、下唇の巨大化を目指すのです。中国の纏足や中世ヨーロッパのコルセットも、同じように「美の追求」による進化の行き過ぎが生んだ異常な風習です。
 ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、70年代ファンク・サウンドの歴史的傑作とされる「パーラメント・ライブ(P−ファンク・アースツアー)」を聴く度に、僕はこの進化の行き過ぎ現象のことを思い出します。彼らの場合、その現象は「バンドの人数の巨大化」となって発現しました。
<しがないコーラス・グループから巨大ファンク・バンドへ>
 もともとパーラメントは、パーラメンツという五人組のソウル・ボーカルグループでした。しかし、リーダーのジョージ・クリントンは背は低いし、顔もいまいち、特にこれと言った特徴のないヴォーカリストで、当然グループの人気もぱっとしませんでした。そこで彼らは、レコード会社をあちこち移り変わりながら、少しずつスタイルを変え、その頃大活躍していたスライ&ザ・ファミリー・ストーンにあやかり、ヴォーカル・インストロメンタル・グループとなって行きました。(この頃はまだファンク・バンドという言い方はありませんでしたが)そしてその過程で、ファンクの大御所ジェイムス・ブラウンのリズムの要として活躍していたブーチー・コリンズやJB’sのリーダーだったメイシオ・パーカーやフレッド・ウェズリーなど、次々にメンバーの補強を行って行きました。ジェイムス・ブラウンが時代から取り残され始める70年代半ばには、彼らは史上最強のファンク・バンドと呼ばれるまでに成長していました。
<グルーブがなけりゃファンクじゃない!>
 この時代に活躍したグループといえば、アース・ウィンド&ファイヤー、クール&ザ・ギャング、コモドアーズ、グラハム・セントラル・ステーション、ウォーなど、当時の彼らは最近では見られない大人数のバンドでした。そして、これらのバンドの間では、常に「メンバーの数の多さ」の競い合いがあったといいます。しかし、数が多いこと、それは単にかっこいいとか、売れていることの証明ということだけではありませんでした。そこには、より複雑で分厚い「グルーブ」を生み出したいというファンクに対する思いがありました。黒人音楽において大切なキーワード「グルーブ」は、素晴らしいジャズのジャム・セッションなどで聴くことができる「音と音」、「リズムとリズム」が複雑に絡み合うことによって生み出される不思議な効果のこと。この時代のファンク・バンドたちは、その効果を最大限に引き出すため、メンバーの増強に努めたわけです。そして、その競争において、常にそのトップを走っていたのが、「P−ファンク帝国」とまで言われた巨大ファンク軍団、パーラメントだったのです。彼らはそのピーク時、50名を越すメンバーを有していたと言われ、もうどこまでが本当のメンバーなのかわからない状態だったと言います。(実際、給料をもらっていないダンサーやコーラスなどのメンバーも多かったらしく、彼らはバンドの周りに集まってくる麻薬に引かれて加わったとも言われています)おまけに、そんな大人数のメンバーが全員思い思いのド派手な衣装を身にまとい、ステージの上でこぼれ落ちんばかりに暴れ回るのです。ピンク・フロイドがかつて巨大なセットによる大仕掛けなコンサートで有名でしたが、彼らのコンサートもそれに匹敵するものだったようです。そんな彼らの絶頂期のコンサートを丸ごと詰め込んだのが、このライブ・アルバムなのです。「汗くさくて」「ハレンチで」「マンガチックで」「B級SF的で」「パワフルで」「サイケデリックで」もちろん「ダンサブルで」、まさに「ファンクの真髄、ここに有り」がこのアルバムなのです。
<追記-ファンクのその後>
 残念ながら、この時代に活躍したほとんどのファンク・バンドたちは、70年代後半から巻き起こった世界的なディスコ・ブームのなか、白人主導のレコード業界によりそのパワーを失い、薄っぺらなディスコ・サウンドを演奏するバンドになってしまいました。(ライオネル・リッチーのようにバラード専門の「黒いフリオ・イグレシアス」になってしまった歌手もいます)
 パーラメントも、かつて地上を制覇した恐竜たちが白亜紀末にその姿を消してしまったように、絶滅への道を歩みかけました。それでも彼らは少しずつ巨大なバンドを分裂縮小させながら、この後80年代までなんとか活躍を続けました。それが90年代、ヒップ・ホップ時代の到来とともに、再び脚光を浴びることになるのです。多くのヒップ・ホップ系のアーティストたちが、こぞって70年代ファンクのリズムトラックを使用し始めたせいです。いったいそれは何故か?
 それは、彼らの生み出したP−ファンクの分厚いグルーブほどサンプリングに適したサウンドは他になかったからです。そのうえ、あの頃のような大人数のバンドは経営的に成り立たなくなり、ジャズで鍛え上げられた優秀なミュージシャンも希少価値になってしった今、あの強烈なグルーブを再現することは、非常に困難なことになってしまったようです。
 こうして「ファンクの恐竜たち」は、「サンプリング」という遺伝子操作によって見事よみがえり、今も生き続けているのです。もちろん、当の本人たち、中心メンバーだったジョージ・クリントン、ヴーツィー・コリンズらが、相変わらず、はちゃめちゃなファンク活動を続けていることは言うまでもないでしょう。

George Clinton 41年、オハイオ州生まれ。ニュージャージー州の床屋で働いていたクリントンが、出入りしていた仲間たちと共にザ・パーラメンツというコーラス・グループを結成したのがキャリアの始まり。67年、シングル「テスティファイ」がスマッシュ・ヒット。70年にはもう一つの主要グループとなるファンカデリックを結成し、天才的とも言えるヒラメキを駆使し唯一無比のファンク軍団、P・ファンクのボスとして70年代の音楽界を席巻。80年代からはソロ名義で、『シンデレラ・セオリー』(89年)をプリンスのレーベル、ペイズリー・パークからリリース。両者ともファンクの歴史を受け継いでいる最重要人物という意味でも当然の成り行きだったと言えるかもしれない。93年の『ヘイ・マン・・・スメル・マイ・フィンガー』ではアイス・キューブやチャック・Dら多くのラッパー達とも共演。その後、ドクター・ドレーによってHIP HOPとP・ファンクを融合させた、‘G・ファンク’なるジャンルまで誕生する。現在のHIP HOPシーンに引き継がれた名曲「アトミック・ドッグ」をはじめ、P・ファンク(George Clinton)が後のヒップホップに与えた多大な影響は計り知れない。21世紀になった現在もP・ファンク・オールスターズらと世界各地でツアーを行うなど、その活動は続いている。同時に彼が音楽業界、特にブラック・ミュージック界に残した偉大なる業績も常に尊敬の念を集めている。ファンクは勿論、HIP HOPを語る上では絶対に外せないキーマンと言える。 ちなみにP・ファンクのPは、Parliament〜Funkadelic、Pure-Funk、Plainfield Funk(Plainfield{ニュージャージー州}がバンドメンバーの多くの出身地。)ということらしい。 レコメンドトラック 1-?:ファンク全開!ヘビーで激烈なシンセベースに歌姫、Kendra Fosterのちょっとキュートなボーカルがトラックの太さと見事にマッチしている。フックのコーラスが印象に残る。これぞP-FUNK、もしくはジョージ・クリントンと言える曲。 1-?:ファンクの2大巨頭の共演作。単調なベースラインが際立つシンプルなトラックに、語り口調なジョージのヴォイスが耳にねっとりとこびり付いて強烈な印象を受ける。徐々に音数は増えていき、プリンスとの絡みは芸術的といえる。7分弱のロングセットながらもあっと言う間に過ぎてしまう癖になりそうな曲。大人フレーヴァーたっぷりな、ファンクを極めた物どうしにしか出せない素晴らしい楽曲に仕上がっている。 1-?:流れるようなアコースティック・ギターとベースのラインがじつに心地よいトラックに、なぜかしっくりハマってしまう、御大George Clintonのどシブな囁きヴォイスに相変わらず強烈なインパクトをうけてしまう。ワンポイントで絡むJOIのラップも絶妙である。George Clintonの曲作りのセンスに感服してしまう1曲。 2-?:P-FUNKというよりエレクトリック・ファンク、もしくはR&Bに近く、打ち込みのキックが心地よい、いい形で本来のGeorge Clintonからちょっと離れた作品。プロデューサー的な素質の素晴らしさが如実に表われている。さらにBelita Woodsのエリカ・バドゥにも似たヴォイスとチャカ・カーンの様なソウルフルな迫力が同居した素晴らしいヴォーカルは必聴。 2-?:まるで70年代にタイムスリップした様な感覚に陥る、ファンク・ロックのような、カントリーの様なアメリカ南部色の強いトラックに、御大George Clintonと、ラストソウルマンと称されたBobby Womackの男くさくて汗臭くてディープな歌声、音楽の歴史を語る上ではずせないだろう重鎮2人の掛け合いが、若造には到底出せないだろう‘味’をたっぷりと体感させてくれる。 代表作 1967年:THE PARLIAMENTS/ 『(I WANNA)TESTIFY』 レーベル/Goldmine 1982年:『Computer Games』 (ソロ・デビュー作) レーベル Capitol 2000年:『ジョージ・クリントン帝国』 (グレイテスト・ヒッツ!) 発売元:東芝EMI

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Hey Man, Smell My Finger、ヘイ・マン・・・スメル・マイ・フィンガー、
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開設日
2006年4月22日

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カテゴリ
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