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ヨハン・ホイジンガ

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詳細 2015年7月16日 00:05更新

ヨハン・ホイジンガのコミュニティです。

はじめましてのご挨拶などはこちらにどうぞ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=5958176&comm_id=803331

その他トピックはご自由に立ててください。

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われわれ人間は、結局のところ、十八世紀がその素朴な楽天観の中で、とかくそう思いこみがちだったほど理性的であるとは、とうてい言えない。そこで<ホモ・サピエンス>という名称が、われわれを指していうにしては、当時信じられていたほど適切なものではないことが明らかになってくると、この名称のほかに、人類を示すため<ホモ・ファベル>、作る人という呼び名が持ち出された。しかしこれは、前者よりさらに不適切なものである。ものを作る動物も少なくないからである。"作る"ということを言ったが、これはまた"遊戯する"ことについても同じであって、実に多くの遊ぶ動物がいる。それにもかかわらず、私は<ホモ・ルーデンス>、遊戯人という言葉も、ものを作る機能と全く同じような、ある本質的機能を示した言葉であり、<ホモ・ファベル>と並んで一つの位置を占めるに値するものである、と考える。

『ホモ・ルーデンス』(高橋英夫訳 中央公論社)

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ヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga, 1872年12月7日-1945年2月1日)は、オランダの文化史家。フロニンゲンの生まれ。すでにギムナジウム時代に語学の才能を表し、大学ではフロニンゲン・ライプツィヒにおいてサンスクリット語と比較言語学を学ぶ。1897年ハーレム市の市民学校の教師、次いで1903年アムステルダム大学インド学私講師となる。しかし、このころから彼の関心は自国の歴史へと向けられ、1905年『ハーレム市の成立』の一部を発表し、その年に旧師にあたる法制史家ブロックの熱意によりフロニンゲン大学教授となる。1915年からはレイデン大学に移り、1940年ナチス=ドイツによる同大学閉鎖に至るまで学者として活躍、またその間オランダ王立アカデミー歴史・文学部門議長を務めた。彼は“20世紀のブルクハルト”と称せられるように各時代の文化史を専門とし、その代表作『中世の秋』(1919)は、14〜15世紀のブルゴーニュ−ネーデルラントの生活・思想・芸術の諸形態を描いたものであり、中世末期の文化をルネサンス前史とせず、これを中世文化の終末と捉えている点に彼独自の構想が表れている。そしてホイジンガによれば、この中世末期の文化の基調とは一種の夢と遊びであった。この遊びの問題はさらに『中世の秋』と並ぶ代表作『ホモ・ルーデンス』(1938)において直接扱われることになる。そこでは彼は遊びの本質とその表現形態を考察し、遊びは文化を生みこれを支えるものであるという結論を導いている。なお、上記以外の主要著作として、さらに『エラスムス』(1924)、『文化史への道』(1930)、『17世紀のオランダ文化』(1932)などがある。


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2006年4月12日

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カテゴリ
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