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マルチナ・ヒンギス

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詳細 2016年12月4日 09:47更新

マルチナ・ヒンギス大好きな人いらっしゃいませ。
http://www.hingis.org/

Wikiより。

マルチナ・ヒンギス(Martina Hingis, 1980年9月30日 - )は、チェコスロバキア(現スロバキア)のコシツェに生まれた、スイスの女子プロテニス選手。かつて最高峰に上り詰めたあと、休養し、その後に復帰している。現在、チェコ出身のラデク・ステパネクと婚約している。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。安定したバックハンドのストレートを武器にする、融通のきく頭脳プレーの名手である。
プロフィール

誕生時には、当時チェコスロバキアの代表選手だった母親メラニーが、同じチェコスロバキア出身の名選手マルチナ・ナブラチロワにあやかって娘を「マルチナ」と命名した。(この当時ナブラチロワは24歳で、1978年と1979年のウィンブルドン選手権に2連覇していた。)母親の影響で2歳の頃からテニスを習い、早熟な才能を開花させた。スロバキア人であった実の父親とは、マルチナが7歳の時に別れている。8歳の頃にスイスへ移住する。1994年10月14日、14歳の誕生日の2週間後にプロ転向。直ちに1995年の全豪オープンで4大大会に初出場を果たし、同年度の女子テニス協会「最優秀新人賞」を受賞する。1996年10月にドイツ・フィルダーシュタットの「ポルシェ・グランプリ」でWTAツアー初優勝。女子ツアー年間最終戦(当時の名称は「チェイス選手権」)に大会初出場で準優勝、年末の最終ランキングを4位に上げる。この2回戦で、ヒンギスは日本の伊達公子選手の現役最後の相手となった。(スコア:ヒンギスの 6-1, 6-2)1997年1月25日、4大大会史上最年少の「16歳3ヶ月」で全豪オープン初優勝を達成。同年3月31日に「16歳6ヶ月」で史上最年少の世界ランキング1位になった。

1997年に史上最年少の16歳で4大大会3冠を獲得したが、やがてリンゼイ・ダベンポートやヴィーナス、セリーナのウィリアムズ姉妹などのパワーテニスに押されていく。1999年の全豪オープンを最後に、ヒンギスは4大大会のシングルス優勝から見放されてしまう。唯一優勝がない全仏オープンでは、1997年の決勝ではクロアチアのイバ・マヨリに 4-6, 2-6 のストレートで敗れ、2年後の1999年にはシュテフィ・グラフとの“新旧女王対決”の決勝で 6-4, 5-7, 2-6 の逆転で敗れてしまった。全豪オープンではシングルスで「6年連続」決勝進出の記録を持つが(1997年 - 2002年)、最初は大会3連覇、後は3年連続準優勝になっている。

2002年の全米オープン4回戦でモニカ・セレシュに完敗した後、2002年10月にドイツ・フィルダーシュタットの「ポルシェ・グランプリ」2回戦敗退を最後にツアーから離れ、2003年の全豪オープンの時期に新聞を通じて引退表明を行った。それ以後は日本で開催される「ヨネックス・テニス・フェスティバル」に参加するなど、競技とは異なる分野でテニス振興活動を続けてきたが、2005年11月に次年度からの現役復帰を表明する。2006年1月にオーストラリア・ゴールドコーストの「モンディアル・オーストラリア女子ハードコート選手権」で現役復帰を果たし、フラビア・ペネッタ(イタリア)との準決勝まで勝ち進む。全豪オープンで4大大会にも復帰し、1回戦でロシアのベラ・ズボナレワに快勝して再出発を飾り、第2シードのキム・クライシュテルスとの準々決勝まで勝ち進んだ。(スコア:クライシュテルスの 6-3, 2-6, 6-4)2月の東レ・パン・パシフィック・テニス(東京体育館開催)にも4年ぶりに出場し、準決勝でマリア・シャラポワを 6-3, 6-1 で圧倒したが、2月5日の決勝戦でエレナ・デメンティエワに 2-6, 0-6 で敗れた。奇しくも、2002年10月のポルシェ・グランプリ2回戦で敗れた最後の対戦相手がこのデメンティエワであり、東京では雪辱を果たせなかったことになる。3ヶ月後の5月21日、イタリア・ローマで行われた「イタリア国際選手権」決勝でディナラ・サフィナ(マラト・サフィンの妹)を 6-2, 7-5 で破り、復帰5ヶ月目で復活優勝を飾った。5年ぶりの復帰となった全仏オープンでは第12シードを得たが、準々決勝でクライシュテルスに 6-7, 1-6 で連敗した。その後はウィンブルドン3回戦で杉山愛に敗れ、全米オープンは2回戦で止まったが、8月下旬の「カナダ・マスターズ」準優勝で世界ランキングトップ10にも復帰した。年末のWTAツアー選手権にも6年ぶりの出場を果たし、ヒンギスは世界ランキング「7位」の位置で2006年のシーズンを終えた。

日本では早くから広告出演で人気があり、グリコの「カフェオーレ」(1996年)やタニタのヘルスメーター、日本食研の「バランスデイト」(ともに1998年)のTVCMで日本語を披露したことで、お茶の間にも広く浸透した選手である。

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2004年12月27日

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