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松浦武四郎

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詳細 2016年10月18日 01:45更新

幕末の探検家・松浦武四郎を語り出したら止まりません(笑)。松浦武四郎に関する情報交換や、彼を通じての交流の場が欲しいと思ってコミュを作ってみました。

松浦武四郎ってどんな人?って思うような人から、幕末の歴史、北海道の歴史、またアイヌ文化に興味がある人まで大歓迎です。一緒に楽しく歴史のお話をしましょう〜♪

トピックは自由にたててくださいねー。

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 松浦武四郎は(1818-1888)は現在の三重県松阪市(旧一志郡三雲町)の地で生まれました。13歳の時から約3年間、津の藩士・平松楽斎の元で儒学を勉強をしました。そして16歳の時に楽斎先生の元を去り、単身江戸に向かいました。家の者に連れ戻されて一旦は帰郷するものの、再び家を出て、それより10年にわたって全国各地を遊歴します。それは神社・仏閣などの旧跡や、霊山と呼ばれる高い山に登るといった旅でした。

 当時の日本は、ロシアが通商を求めて南下をしてきておりました。蝦夷地の近海や長崎にも訪れてきております。非常に冒険心・探求心の強かった武四郎は、長崎でその話を聞き、蝦夷地に行くことを決意をして向かいます。それが武四郎28歳の時です。

 その時より、全6回にわたる蝦夷地の調査を行ないます。そこで武四郎は、現地で生活をしているアイヌの人たちの様子を目撃しました。場所請負制度によって、漁場に強制的に連れて行かれ、労働をさせられるといった状況でした。自然条件の厳しい蝦夷地の探険をするには、もちろんアイヌの人たちの協力なしでは行なうことが出来ません。道案内など、親切を受けたアイヌの人たちが、ひどい扱いを受けているのを見て、武四郎は、その状況を世間に告発をしようとしています。
 悪政を行なっていたらロシアに侵略されてしまう、また、アイヌの人たちを保護することが国防にもつながると武四郎は主張をしています。

 その蝦夷地での調査を元に、膨大な量の日誌や地図を書き記しました。前3回の蝦夷地での功績が認められ、安政3年よりは幕府の役人として、新道開発のための調査や、内陸部の川筋調査を行ないます。その調査を元に、日誌や詳細な地図を作り出版しました。

 明治という新しい時代に代わり、蝦夷地の状況に詳しい武四郎は新政府の役人に任命されました。そして蝦夷地と呼ばれていた土地に、「北加伊道」という名前を上申します。その案が元になり、現在の「北海道」が公な地名として付けられました。また道名だけでなく、国名・郡名の選定や、その境界線などを考えて政府に上申しました。そのような仕事の功績によって、現在「北海道の名付け親」と言われています。
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開設日
2006年2月28日

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カテゴリ
学問、研究
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