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若井伸之

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詳細 2017年2月28日 10:37更新

1993年スペインでこの世を去った若井伸之選手のコミュニティです。

若井 伸之(わかい のぶゆき、1967年? - 1993年5月1日)は、日本のオートバイレーサー。かつてロードレース世界選手権(WGP)の125ccクラス・250ccクラスに参戦していた。細身で長身な体格と、その長い手足を綺麗に折り畳むライディングスタイルから「フラミンゴ」の愛称で親しまれた。

1990年に全日本ロードレース選手権でランキング2位となった若井は、翌1991年から坂田和人・上田昇とともにWGP・125ccクラスにフル参戦を開始。マレーシアGPでトップ争いの末3位に入賞するなどの活躍をみせ、他の2人とともにプライベート日本人ライダーの先駆者として活躍。陽気で面倒見の良い性格からパドックでも人気者となった。坂田と1993年から250ccクラスにフル参戦を開始する原田哲也は当初世界選手権に興味が無かったが、「世界選手権の良さ」を散々若井から聞かされ、WGPへの参戦を決意したという。

1993年、若井はスズキワークスから型落ちのRGV250−γの貸与を受け、念願の250ccクラスにステップアップ。順風満帆だった矢先、突然悲劇が起こった。1993年第4戦スペインGP予選中、タイムアタックを行うべく、フル加速でピットロードから飛び出そうとしていた若井の前に、突然観客がオフィシャルの制止を振り切って飛び出してきた。この観客はイタリア人ライダー、ロリス・レジアーニの招待客であり、本来パスがなければ入れないところにいたところオフィシャルに声をかけられ、発覚を恐れてこういった事態になったのである。何とかその軽率な観客を避けようとした結果、完全には避け切れなかったものの観客は軽傷で済んだが、若井本人はバランスを崩してピットロードのコンクリートウォールに激突。頭部を強打した若井は懸命の治療の甲斐無く死去、享年25であった。

レース決勝、250ccでは原田が独走で優勝。125ccではショックから直前までレースをキャンセルしようと考えていた坂田も、これに奮起して参戦を決意、ラルフ・ウォルドマンを振り切り、WGP初優勝を遂げる。どちらも若井の無念を晴らすかのような、気迫溢れる走りだった。レース終了後、原田は表彰台に上がらずバイクにまたがったまま号泣し続け、坂田も表彰台でただ悲壮な表情と涙をみせた。また、このレースで5位に入賞した上田はレース後、若井の事故現場まで自身のマシンで近づき、コンクリートウォールを軽く叩いて若井に別れを告げた。原田はこのときの優勝トロフィーを、若井の遺族に送ったという。

その後、ヘレスサーキットには若井を偲ぶフラミンゴのモニュメントが建てられた。

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開設日
2006年2月18日

4113日間運営

カテゴリ
車、バイク
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