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光厳院研究

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詳細 2014年7月18日 10:20更新

 日本国の現在の皇室・皇族および旧宮家たちの直接の御先祖であり、第97代の天皇です。明治維新以前にはそうでした。北朝の天皇ではないですが、生前に自らに尊号「後醍醐天皇」をつけた傍系の傍系である後醍醐が「建武の新政」による自らの復権を重祚としては認めなかったことにより、南朝史観では皇位から外されてしまっている。

 

歴史学者の中村直勝教授(故人)はたとえ南朝正統史観に立っていても皇太子の位置から正式な手続きを経て合法的に即位したこの天皇を歴代に数えるべきであるとして著書『光厳天皇』の中で書いた。そうすると今上の代数は繰り下がって126代ということになる。因に管理人はさらに進んで明治以前の数え方で今上を数えるべきだと念じています。つまり 

128代です(初代から何代かが史実だろうと虚構だとうと一応)。その変更が実現することが持つ歴史的な意義は極めて大きい。いずれにせよ、この方を歴代から不当に外しているという現実は日本国国民にとってあまりにも大きな損失であることはこのこみゅにてぃーを手がかりとして利用して御自身で知識を拡げて行かれれば、和歌や雅楽に関心がなくとも自ずとお判りになることでしょう。

 光厳天皇は勅撰集『風雅和歌集』を名目的ではなくて自ら選んだことを以て、和歌研究者にはよく知られているが、それ以外の事績はあまり知られていないです。ですから国民一般の認識では 

 

 鎌倉幕府の傀儡の「天皇」であり室町幕府(足利尊氏卿)の傀儡の「地天ノ君」であった。 



つまり「利用するだけ利用された気の毒な方」というのが一般的です。しかし勿論これは史実ではないことを歴史研究者なら知るところです。意義付けは別として。

 

また仏教僧侶としては潜在的には道元にも比すべき存在(流石に空海には比べられない)だと管理人は認識しています。これは他人の宗教体験を斟酌して序列をつける厚かましさではなくて、宗教史な位置づけとしての意味も含んでのことです。しかし贔屓な人に対する主観的な持ち上げではなくて論証可能なものです。 



 既に「光厳天皇」という別なコニュニティは2010より存在するのですが、参加者がとても少なくて専門家でもないようです。それはトピックが挨拶以上に増えていないことから伺えます。またその管理人の方はコミュニティーを多量に設けておられてその中に何人もの天皇を容れておられるようで、とても個々のものには手が回らないでしょうし、研究者でもなさそうですので、失礼にはあたらないと判断して別にコミュニティーを建てさせていただきました。 



 この「光厳院研究」を、単なる私見・感想の吐露ではなくて、光厳天皇の事績の紹介・流布と彼に関心を持つ人々の情報交換の場として行きたい所存です。 

 

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参加メンバー 7人

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開設日
2012年4月8日

1781日間運営

カテゴリ
学問、研究
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