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スエズ運河

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詳細 2014年10月18日 22:44更新

初期運営 スエズ運河会社 主要技術者 アロイス・ネグレッリ
建設開始 1859年4月25日
完成 1869年11月17日
閘門 0
状態 開業中
運営者 スエズ運河庁

スエズ運河は、エジプトのスエズ地峡に位置し、地中海と紅海を結ぶ、海面と水平な人工運河。1869年11月開通。アフリカ大陸を回りこまずにヨーロッパとアジアを海運で連結することができる。運河は北端のポートサイドと南端のスエズ市タウフィーク港を結び、中間点より北に3kmの運河西岸にはイスマイリアがある。

建設当初のスエズ運河は全長164km(102マイル)、深さ8m(26フィート)だったが、その後何度かの拡張工事を受け、2010年段階では全長193.30km(120.11マイル)、深さ24m(79フィート)、幅205m(673フィート)となった。

スエズ運河は南北どちらかの一方通行で運営され、船のすれ違いはバッラ・バイパス (Ballah By-Pass) やグレートビター湖など4箇所で可能である。運河には閘門が無いため海水は自由に流れ、主に夏にはグレートビター湖から北へ、冬は南へ水流が生じる。潮目の変化は湖の南で起こる。

運河はエジプト政府が直轄するスエズ運河庁 (SCA) (en)が所有運営している。しかし、国際協定における規定も存在し、1888年のコンスタンチノープル協定では紛争時を除き航行の自由が保障されたが、「有事の際も平時同様、軍事目的の船舶であっても、所属国の如何を問わず」航行が認められるという解釈もなされている。

古代、ナイル川から紅海まで達する運河があったという説があり、これが東西貿易に役立っていたという。これは、センウスレト2世

もしくはラムセス2世の拠出によって細い運河が開削されたというもの、もしくはこの運河を組み込みながらネコ2世の時代に取り組みが始まり、ダレイオス1世の頃に完工した運河を指すものである。

ギリシアのヘロドトスが著した『歴史』によると、紀元前600年頃にネコ2世はブバスティスとピション(ヘリオポリス)を東西に貫きワジ・トゥミラートを通る運河建設に着手したとあり、それをヘリオポリス湾(en)と紅海まで延長したと考えられる。しかし、彼の事業は完遂されなかったとも伝わる。

ヘロドトスの記述によると、この事業で120,000人が死亡したという。

ガイウス・プリニウス・セクンドゥスの言では、ネコ2世の運河拡張は57マイルに及び、これは谷を通りながらブバスティスからグレートビター湖へ至る距離に相当する。

ヘロドトスが述べた距離1,000スタディオン以上(114マイル以上)とは、当時のナイル川と紅海を完全に繋げる距離である。

ネコ2世が死去すると事業は中止された。

ヘロドトスはその理由を、運河の完成は他国に利すると警告する神託があったためという。

実際には、ネブカドネザル2世との戦争が事業継続を不可能にした。

ネコ2世の運河は、古代エジプトを征服したペルシアのダレイオス1世によって完成された。

当時、ヘリオポリス湾と紅海の間にはグレートビター湖のちょうど南に位置したシャルーフの町近郊を通る自然の水路があった。

しかしこれはシルトで埋まっていたため、ダレイオス1世は浚渫させて船の通行を可能にしたと言われる。こうして造られた運河は、ヘロドトスによると2隻の三段櫂船がオールを出した状態ですれ違うことが出来る程に広く、全長を進むのに4日間を有した。ダレイオス1世はこの事業を記念し、スエズ市から数マイル北にあるカブレット (Kabret) 近郊などナイル川の土手に数多い花崗岩製の石碑を据えた。

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参加メンバー 2人
開設日
2012年3月29日

1942日間運営

カテゴリ
旅行
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