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詳細 2012年12月9日 04:10更新

 いや、もう、ほーーんと、マジでやばい本っす。
とにかくデンマークで売れまくり!!(日本での換算だと250万部!!)このぶっとくて値段が高くて難解な用語だらけ(に思える)科学哲学書は、複雑系と呼ばれる分野の最高傑作だと思う。主張はいたって簡単だ。まとめてみよう。

 本当の「りんご」はりんごについて書かれた本10万冊分よりもずっとずっとずーーーっと多くの情報量を持っている。

 えーーーっと思った?そんなわけないでしょ。とか。でも、よく考えてほしい。リンゴ自体は原子と分子の結合でできていて、この「数」はとてつもなく莫大な数だ。なんせ一立方センチメートルあたり兆×兆単位の原子と分子が詰まっているのだから。さて、ではりんごについて書かれた本の情報と言えば・・・・・これはお寒いことに10万冊あってもたかだかCDR一枚に収まる微々たるものだ。りんごそれ自体の情報すべては、とてもじゃないけけど、現存する世界全部のハードディスクをいっぱいにしても収まらない。

 ちょっとそりゃ変だよ?って。そう、変だ。本にある情報は本の原子や分子の情報ではなく、文字情報のビット数として換算されているからだ。でも、わざわざ僕たちは本の原子や分子を情報として読み取ったりしない。「読む」のは言葉だけだ。どんな言葉やどんな大きさの文字で書いても、文字が伝えている抽象的な意味内容の量は変わらない。もちろん、習字で書いた「りんご」とプリンターで打ち出した「りんご」は違う。でも、伝えられる文字の内容は一緒だ。だから本の情報は文字の情報として換算する。

 ところで、「りんご」をりんごの表現である、文字や映像といった情報ではなく、リアルなりんごそのものとして、一つ一つの原子、分子単位で「情報化」すると、これがぶっとびのとんでもない「量」になってしまう。おそらく現行の数億円はするスーパーコンピューターのハードディスクでもりんご一個まるまるの情報は入らないし、処理できない。つまり、数億円のハイエンドPCでさえ、「現実」のあまりの量の多さと複雑さに手を焼いているのだ。

じゃあ、意識は?

 さて、このリアルなりんごの情報と「りんご」というリンゴを指し示す情報のとてつもない情報量の差は何だろう?なぜ、こんなにも違いがあるものを「同じ」ようにして感じ、同じ「りんご」と思い、しかも、実際はもっともっと量があると思っていたのだろう?「情報」の違い。これは何だろう?

(って長くなったのでまた書きます)

脳は私たちを欺いている。意識は錯覚にすぎない。マクスウェルの魔物の話からエントロピー、情報理論、心理学、生理学、複雑系の概念までも駆使して「意識」という存在の欺瞞性を暴く。

●意識 とは 非言語的、肉体的、無意識的な「自分」が自分を意識する機能で、そのとき、自分は「私」という自分シミュレーションを創造する。なお私は50ビットくらいの情報を処理する。それは、現実が起こった後、0.5秒後に構築され、0.3秒さかのぼって現実の中に自分を自覚させる。要するに、「私」は現実より0.5秒遅れた存在。
そして、意思決定は実は「私」は、していない!自分が行う。それも 0.5秒後に自覚し、さかのぼって私がしたという風に認識する。

○「私」は現実の膨大な情報量(1100万ビット)から情報を捨てて、50ビットくらいの情報に現実を簡略化する。
 毎秒フロッピー1枚の情報が意識に上るときは毎秒画面の文字6個くらいになる

○上記によって私は一本の線のように自分を過去から連続した存在と認識する。

●しかし、「私」意識は、自分ではない。

 体や無意識などまるごとの自分が、複雑系としてある。
それは、広げると、内部的にも複雑系で、環境との相互作用としても複雑系である意味、自分の境界は無い。
 
○すぐれたアーティストやスポーツマンにおけるトランス的な状態!!!

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2004年11月16日

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