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JASMINE Power

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詳細 2017年5月29日 00:23更新

 JASMINE Power
      Official H P  http://jasmine-world.net/
               http://instagram.com/jasmilicious 
    Official Blog http://ameblo.jp/jasmine-world/
      Twitter http://twitter.com/J_A_S_M_I_N_E_   
      JASMINE スタッフブログ http://www.facebook.com/jasminesinger

  http://www.sonymusic.co.jp/?70005582_AICL-2270&70005582_AICL-2270_01SFL

  wikipedia 参照

  JASMINE(ジャスミン、1989年5月19日 - )[2][1]は日本の女性シンガーソングライター。東京都出身[1]。芸名は本名の「あすみ」に由来する[1]。家族の影響で幼い時から音楽に馴れ親しみ、13歳でゴスペルクワイアに入門する。高校中退後、歌手活動を始め、2007年にソニーミュージックのオーディションで合格し、契約を結ぶ[2]。2009年にシングル『sad to say』でメジャーデビュー。

来歴
1989年 - 2008年:生い立ちからデビューまで

1989年5月19日、東京都で生まれる。父はロック好きでギターを演奏し、母はブラックミュージック好きのピアノの先生で[3][4]、家族全員、楽器が演奏できるという家庭だった[5]。小学校3年生くらいで歌手を志すようになる。勉強や運動も不得意で楽器も演奏できないが、音符が読めなくても出来るものが歌であると気づいたため、目指すようになった[5]。

13歳で横田飛行場の一般解放日にゴスペルクワイアのライブを初体験し、その魅力に取り付かれゴスペルクワイア「ゴスペルコネクション」[6]に入門する。15歳の時に所属クワイアのアメリカ遠征に参加し、現地の教会で歌唱した。高校に入学すると「生きているのが楽しくない」「自分には何の取り柄もない」と自暴自棄になり、一年で中退し、ゴスペルの練習も辞めてしまった。その後、親友の励ましがあり、ゴスペルの練習を再開すると同時にクラブでの本格的な歌手活動を開始した[6]。2007年、ソニーミュージックのオーディションでマライヤ・キャリーの『HERO』を歌い注目を集め[7]、メジャー契約を結んだ[1]。なお、オーディションでは審査員に向かって「歌うために生まれてきました」と宣言した[8]。
2009年 - 2010年:『GOLD』

芸名は中学校の友人たちから呼ばれていた愛称であり、「あすみ→あすみん→じゃすみん」という風に変化したものである[9]。現在の芸名「JASMINE」はクラブで歌う様になってから付けた[4]。2009年6月24日、シングル『sad to say』でメジャーデビュー。CD発売に先駆けて6月17日から着うたフルの配信が開始されたが、日本レコード協会調べの「RIAJ有料音楽配信チャート」で初登場1位を獲得、レコチョクでの配信最短28日間(レコチョクでは6月3日から配信開始)でレコチョク2009年上半期最優秀新人賞を獲得[10]。

2009年10月、アメリカ合衆国の歌手ニーヨの日本ツアーのオープニングアクトとしてさいたまスーパーアリーナ、日本ガイシホール(名古屋)、大阪城ホールで初ライブを行った[11]。

2枚目のシングル『NO MORE』の発売後に2010年3月から5月まで3ヶ月連続でシングルを発売することが発表される。その第1弾である『THIS IS NOT A GAME』は2010年2月24日付けのUSEN総合チャートで初登場1位を獲得。これによりデビューから3曲連続で同チャート1位を獲得した初めての歌手になった[12]。

2010年5月21日、テレビ朝日の音楽番組『ミュージックステーション』に出演し、地上波のテレビ番組初出演を果たす[13]。これから活躍が期待されるアーティストを紹介する「Young Guns」の枠で出演し、同年5月12日に発売した5枚目のシングルで初のバラード曲『DREAMIN'』を披露した[14]。ナレーションでは「10年に1人の逸材」「魂の歌声を持つ」と紹介された。

6月18日から初の全国5大都市ワンマンライブツアーに乗り出す。ライブは全員無料・完全招待制のプレミアライブである。入場チケットの販売は行われず、3ヶ月連続リリースのシングル購入者特典としてシングルに封入されているハガキを応募すると応募者に先着でチケットが当たるという企画である[15]。

7月21日に1枚目のスタジオ・アルバム『GOLD』を発売する。オリコンチャートで初登場及び最高3位を記録した。8月20日、報道番組『NEWS ZERO』で「10代のカリスマJASMINE」と題した特集が組まれ、歌手になるまでの経歴やファーストアルバムに関するインタビューを受けた[6]。
2011年 - 現在
2010年11月、ウォークマン「Play You.」のプロジェクト「キミの知らない音project」のメッセンジャーにYUI、清水翔太と共に抜擢される[16]。彼女はアメリカのプロデューサーチームスターゲイトと共にニューヨークで制作した「ONE」を発表した[17]。
歌詞における日本語と英語のバランスは、響きで判断している。彼女自身が日本語があまりストレートではないと感じているため、決めたい時に最後に英語を持ってくる。流れが持っている表情によって、使う言葉を決めている[18]。
元メガデスのマーティ・フリードマンは情報誌『日経エンタテインメント!』(日経BP社)で連載している音楽批評のウェブ版『マーティ・フリードマンのJ-POPメタル斬り/延長戦』において、デビュー・シングル『sad to say』を批評した際に、彼女のボーカルについて「声の強さや説得力に、ゴスペルを習っていた影響が感じるね。声がしっかりしていて早口だから、腕がある歌手だって分かる」と言及している[19]。
影響
前述の通り、宇多田ヒカルと比較されるがJASMINEは昔から宇多田の曲を聴いており影響を受けたと述べている。宇多田の1枚目のスタジオアルバム『First Love』を「日本人(アーティストの中)で1番聴いたアルバム」として挙げている。また、宇多田に対して尊敬を表している[1]。その他、影響を受けたアルバムとしてクリスティーナ・アギレラの『ストリップト』、ジョーの『シグネチャー』、マイケル・ジャクソンの『キング・オブ・ポップ』、マライヤ・キャリーの『#1'S』、メアリー・J. ブライジの『シェア・マイ・ワールド』、アリシア・キーズの『ソングス・イン・Aマイナー』、ジェニファー・ハドソンの『ジェニファー・ハドソン』、ノトーリアス・B.I.G.の『グレイテスト・ヒッツ』、ニーヨの『I LOVE NE-YO NE-YO SONGS2』、2パックの『トゥパック:レザレクション』、ビヨンセの『デンジャラスリィ・イン・ラヴ』、ジェイ・Zの『ザ・ブループリント3』を挙げている[20]。
身長は158〜159cm[21]。鼻ピアスを開けている[21]。担当の音楽プロデューサーに「今後、音楽やってくうえで、YouTubeとかもあるから、聴く人が日本におさまらないから英語喋れたほうがためになるよ」と言われ、2010年から英会話を習い始めた。歌の歌詞は彼女の多くの楽曲を手がけるJeff Miyaharaや英語が話せる実姉に聞いて勉強している[18]。
     
    

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2011年8月4日

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カテゴリ
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