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「月氏」(*μ_μ)

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コミュ内全体

詳細 2017年7月24日 08:21更新

※最近、杉原千畝さんの映画や様々なユダヤ人系映画などを見ていて[笑はユダヤ人じゃなかった]と考えるようになりました(*_*;
歴史記述の中で[弓月国からきた秦氏]がユダヤ人だったとのことですが、その秦氏系というのがそのようです。
杉原千畝の映画によると、ナチス支配の時代、ユダヤ人は廃絶されていたが、外交官の杉原千畝が映画シンドラーのリストのように二千以上の日本行きのビザを発行した、その子孫は四万人以上に今増えたとのことでした。_(._.)_以下は[ユダヤ人じゃなかった]に至る前の記述です、大変申し訳ございませんでした。引き続き月氏や秦氏について調べていきたいと考えております_(._.)_

私「月」という感じを苗字に持つ者なのですが、最近ネットの記述などで知ったのですが「弓月国」という中国の国からきた渡来人みたい。
で匈奴のボクトツゼンウなる人物に王の首を取られたり、朝鮮に逃げたが又いじめられ逃げて日本へ。という歴史を持つ民族らしい。周辺に「月」「槻」という名前の方もいなくて。「どんな人たちなのかなあ」と気になってコミュを作りました。で記述を引用しておきます(真偽は不明)
最近の発掘調査で(3から5世紀くらいの)なにやら月とついた遺跡で「お米を炊いた釜」オコゲがついたものが発見されたらしい。草食民族だったのだなと(汗)

月氏についての記録

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●弓月国について

弓月国とは小団であるが、キリスト教国であるという。日本書紀によると、応神天皇の283年に弓月君が百済から127県18670人を連れて日本にきたという。
「融通王」と呼ばれており天山山脈の北にある「ヤマトゥ」から来たという。

その弓月国からの使い「秦氏」が日本に訪れたとの記録がどこかの神社に残っているらしい。(忘れましたが)

25〜220年後漢の時代に、弓月国まで勢力を伸ばしていた後漢の圧迫もあり朝鮮へ移動。朝鮮でも迫害を受けて日本へ来たのではないかと考えられている。でこの月氏はイラン系トルコ人らしい。
※ちなみに日本書紀の天皇史は藤原家のねつ造でありそれまで天皇の名称はなかったという説もある。藤原氏によりそれまでの記録は全て廃棄されたとの説も。

●江上氏「騎馬民族征服説」によると

月氏は匈奴の冒頓単于に襲われ逃げた

中国では劉邦が天下を統一して漢帝国を建てた頃の話で…
「次に冒頓は征服を西方に転じ、右賢王をして月氏を撃破させ、領土をすべて略取し同時にほとんど全東トルキスタンをその勢力下に収めた。「桜蘭、烏孫、呼掲およびその傍26の国皆すでに匈奴となり諸々の引弓の民は併せて一家となり北州もって定まる」と冒頓単于の書簡にある。
呼掲とはウイグル族のこと考えられている。こうして匈奴は東トルキスタンの都市国家から奴隷、馬畜、フェルト、毛織物を徴税。
また従来月氏が行っていた東西交易の利をも掌握することになった。月氏は匈奴の威を恐れて遠くイリ盆地に逃れ去ったがそののち、烏孫から追われアム河領域に再遷した。こうして東トルキスタンに対する匈奴の支配権はいよいよ確立し、匈奴は甘粛を通じてチベット種の姜などと気脈もつうじて漢の側面に西北方から脅威を与える形成になった。」

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参加メンバー 3人
開設日
2011年6月27日

2361日間運営

カテゴリ
学問、研究
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