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旧日本軍26年式拳銃

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コミュ内全体

詳細 2015年11月5日 19:45更新

*某サイト内より抜粋!!

創設間もない日本陸海軍で最初に制式とされたS&W No3 回転式拳銃 は強力な弾薬を使用でき、壊れ難い頑丈な構造を有していたが、その重量・サイズの大きさやシングル・アクション(S/A)専用で片手での連射に難のあった点が欠点とされ、ダブル・アクション(D/A)機構を有する拳銃が待望されていた。

既に村田銃の国産化に成功していた日本陸軍は、1886年(明治19年)にフランス軍用MAS 1873拳銃を入手 し、陸軍戸山学校において国産化研究を始めたが、維新以来の技術的な蓄積により模倣が比較的容易だったグラース銃 とは異なり、日本とは桁違いに高いフランスの工業水準を背景に、より新しい技術で製造されていたMAS 1873拳銃の模倣は困難をきわめた。

MAS 1873拳銃は銃身と一体化したフレーム内に弾倉が固定されている構造だったため、中折れ式よりも頑丈(=高圧の弾薬に耐え得る)だったが、中折れ式のS&W No3に比べて排莢・再装填に時間がかかる点が嫌われ、中折れ式の継承を望んでいた騎兵科からの上申により、38口径で中折れ式とD/A機構を兼備した“スミスウエソン五連発拳銃”(S&W 38 Double Action拳銃)の採用が、この時期に検討された記録も残されている。

また、MAS 1873拳銃は黒色火薬を用いた弾薬を使用していたが、同時期に欧州で製品化されたばかりの無煙火薬採用が追加して求められるなど、東京砲兵工廠での国産化計画は1893年(明治26年)に至っても具体的成果を挙げられないまま難航した。

国産化の試行開始から7年を経た1893年に至り、MAS 1873拳銃を模倣するプランは放棄 され、世界中に多くの銃器を輸出して日本の銃器開発とも密接な関係のあった、ベルギー製“9mm Belgian Nagant M.1878”と、その弾薬である“9mmx22R”弾をモデル に、S&Wの中折れ式機構を足した独自設計の拳銃が急遽開発され、 これが陸軍の新制式拳銃として採用された。

メカニズム :26年式拳銃がモデルとしたNagant M.1878[9]は、サイド・プレート(機関部側面の蓋)を簡単に取り外す事ができる構造となっていたが、26年式拳銃はこれを継承・発展させて蝶番状にサイド・プレートを開いて、日常的なメンテナンスを簡単に実施できる構造 となっていた。

拳銃に狙撃能力は必要ないとの判断から、S/A機能および撃鉄の指かけ部が削除されてD/A のみとされ、照準は固定式で製品によってバラつきがあった事が記録 されている。

また、シリンダー(蓮根状の弾倉)が勝手に回転するのを防ぐ部品(シリンダー・ストップ)が付いておらず、引き鉄を絞るとその一部がせり上がってシリンダー・ノッチ(窪み)に嵌合して、撃発時のみシリンダーの動きを止める構造となっているのも26年式拳銃の特徴である。

銃身 :Nagant M.1878は黒色火薬を使用したが、26年式拳銃用の9mmx22R弾薬には無煙火薬が使用された。

黒色火薬は容易に変成しない安定した特性を有したが、燃焼時に腐食性を有する煙とススを大量に生じるため、発射時に場所を特定され易く、酸に弱い鋼で作られている火器の寿命を短くするという、大きな欠点があった。
これに対して19世紀に発明された無煙火薬は、煙とススの発生を大きく減らしたため、黒色火薬の欠点を一挙に解決する発明品となった。
後に無煙火薬は、用途によって速燃性のものと遅燃性のものが作られるようになったが、発明当時は燃焼速度の遅延が難しく速燃性のものしか存在しなかった。
ゆっくりと燃焼して徐々に腔圧が上昇するようコントロールできた黒色火薬と異なり、速燃性の無煙火薬は、急激に圧力が上昇して燃え尽きてしまうため、黒色火薬用の銃器に無煙火薬を用いると、急激に上昇した圧力に耐えられなかった薬室や銃身が破裂する事故や、弾頭が充分加速される前に燃焼が終了してしまうといった問題点があった。 </ref> が使用された。

無煙火薬は黒色火薬より腔圧が高く、燃焼速度の制御ノウハウが未確立だったため圧力が急上昇する傾向があり、26年式拳銃の銃身は、9mmx22R弾薬の弾頭外径9.10mm であるのに対して、腔線(ライフリング)の深さを0.15mmとして谷径を9.30mmまで彫り 、意図的にライフリング谷底の間隙から前方へガス漏れを発生させる構造とされた。

この手法は現代銃器のH&K VP70にも継承されており、同銃も26年式拳銃と同様に深彫りライフリングを用いて腔圧を下げる工夫が施されているが、腔圧を下げた代償として初速が低下するデメリットでも知られ、特に26年式拳銃では端的な低威力 の原因となっている。

弾薬 :26年式拳銃用の専用弾薬である9mmx22R弾薬 は、38S&Wに近いサイズの薬莢 を用いていたが、無煙火薬が用いられた最初期の弾薬であり、その内部構造は現代式の弾薬とは若干異なっており、火薬と弾頭の間には蝋を染込ませた厚紙が挟まれて防湿と火薬蓋を兼ねているなど、黒色火薬用の弾薬から継承されたデザインで製造されていた。

同弾薬のエネルギー値は、当初の模倣対象だったフランス軍用MAS 1873拳銃に使用されていた11mm Mle 1873弾薬 に準じたエネルギー値となっていた 。

弾頭が被甲されていないため、人体に命中すると変形するダムダム弾(軟頭弾・ソフトポイント弾)と認識される可能性があったが、束ねた新聞紙・杉板・砂に対して同弾を撃ち込んだ実験 の際には、初速が非常に低いため弾頭の著しい拡張・変形現象は発生せず、ハーグ陸戦条約には抵触しない水準のものとして、そのままの形状で使用され続けた 。

その後 は、世界各国の軍用拳銃は自動拳銃の採用へ進みはじめ、早くも日露戦争から陸軍内で南部大型自動拳銃が使用 されていたが、当時の用兵では拳銃の用途は限定されたものであり、拳銃を主装備とした騎兵科の衰退とともに長年その更新が省みられる事はなく、回転式で故障も少ない26年式拳銃はそのまま使用され続けた。

26年式拳銃の生産は、十四年式拳銃より小型で安価な九四式拳銃が採用された1930年代後半に終了したと考えられているが、操作が容易で扱い易かったため太平洋戦争の終結まで愛用された。

★近日、ハートフォードから製品化予定の26年式。

六研製品が入手できない今日では、待ち遠しい商品です。

日本軍の拳銃と言えば、14年式か94式。

26年式も忘れないでぇ〜と言う思いから、専用コミュを製作しました。



*日本陸軍:日本軍:太平洋戦争:日露戦争:日清戦争:拳銃:将校:ハートフォード:回転式:

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参加メンバー 3人
開設日
2011年6月11日

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カテゴリ
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