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村木厚子

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詳細 2014年7月9日 23:19更新

村木 厚子(むらき あつこ、1955年- )は、日本の労働官僚。旧姓は西村(にしむら)。内閣府政策統括官(共生社会政策担当)兼内閣府自殺対策推進室長兼内閣官房内閣官房副長官補付内閣審議官兼待機児童ゼロ特命チーム事務局長。
厚生労働省4人目の女性局長として雇用均等・児童家庭局長などを歴任し、二人目の女性事務次官に就任した。

東京大学出身者の男性キャリアが多い霞ヶ関の中央省庁の幹部の中では、珍しい地方国立大学出身の女性で、さらに厚生労働省では少数派の旧労働省出身であった。誰もが認める次官候補や、エースと呼ばれるタイプではなかったが、障害者問題を自身のライフワークと述べ、人事異動で担当を離れた後も福祉団体への視察を続けるといった仕事に臨むまじめな姿勢や、低姿勢で物腰柔らかく、誰も怒らせることなく物事を調整することができる、敵を作らない典型的な調整型官僚として有能であることが評価されていた。松原亘子に続き、女性としては二人目の事務方トップである事務次官就任の可能性もささやかれていた。

2009年、自称障害者団体「凛(りん)の会」に偽の障害者団体証明書を発行し、不正に郵便料金を安くダイレクトメールを発送させたとして、特捜部長の大坪弘道や副部長の佐賀元明の捜査方針の下、虚偽公文書作成、同行使容疑で、前田恒彦特捜部主任検事により逮捕された。逮捕時に舛添要一厚生労働大臣は「大変有能な局長で省内の期待を集めていた。同じように働く女性にとっても希望の星だった」と、容疑者となった村木に、賛辞ともとれる異例のコメントを発表した。

弘中惇一郎弁護士及び夫の村木太郎・厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)が同席した保釈後の記者会見では、容疑事実を強く否定し、改めて無罪を主張した。

2010年9月10日、大阪地方裁判所にて無罪判決が言い渡される。長妻昭・厚生労働大臣(当時)は「それなりのポストにお戻り頂く」と、無罪確定の場合は局長級で復職させる旨言及。

その後、2010年9月21日に大阪地方検察庁が上訴権を放棄したため、無罪判決が確定判決となった。検察の自白強要が問題となった。

同日、起訴休職処分が解かれ、村木は厚生労働省に厚生労働省大臣官房付として復職。その後、前任者が消費者庁次長へ異動し、空席であった局長級の内閣府政策統括官(共生社会政策担当)に就任(9月27日付)。
青少年育成や少子高齢化、自殺、犯罪被害者対策、障害者施策等の施策担当。
内閣府の自殺対策推進室の室長と内閣官房の内閣審議官(内閣官房副長官補付)を併任する。10月21日から菅直人総理大臣の特命を受け、待機児童ゼロ特命チーム事務局長を併任。

検察の在り方検討会議では大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件により無実の罪で収監された一人として意見を述べる。

2012年2月、国側から得た賠償金を、社会福祉法人南高愛隣会に寄付することを表明。3月、共生社会を創る愛の基金が創設される。

2012年9月10日付で、厚生労働省社会・援護局長に就任し、3年3か月ぶりに厚労省局長復帰した。
2013年6月14日付で、金子順一の後任として厚生労働事務次官に昇格。松原亘子元労働事務次官に続き、日本憲政史上2人目の女性中央省庁事務次官となった。



出典ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E6%9C%A8%E5%8E%9A%E5%AD%90

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