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John Wayne Gacy(Kiss my ass)

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詳細 2017年4月19日 13:38更新

John Wayne Gacy
アメリカ合衆国生まれの連続殺人者

父John Stanley Gashe(ジョン・スタンリー・ゲイシー)
病弱だった一人息子ゲイシーを彼は虐待し続けた。怒鳴りつける、鞭を振う等の他にも、精神的に息子を痛めつけた。如何に期待はずれの息子であるかを当人の前で滔々と語った。息子の癲癇を仮病だと決めつけ、
「このままだと、お前はいつかホモになっちまうぞ」。と罵った。
癲癇
「10歳の時、心臓肥大で心筋症と診断される。11歳の時ブランコが頭部に当たり脳内に血塊ができたが、これは16歳まで発見されなかった。このことが原因で突然意識を失うことがあった。17歳の時、心臓病で入院。」
こんなこともあった。
6歳のころのゲイシーはパルという名の雑種犬を可愛がっていた。ところが或る時、息子の腑甲斐なさに腹を立てた父親は、見せしめにパルを射殺した。
高校を中退後、自宅を出てラスベガスへ。葬儀屋で死体を扱う仕事をした。まともな職に就けず、シカゴの自宅に戻るが、家族は暖かく迎えてくれた。

成人し、靴のセールスマンとしてかなりの成績を修めたゲイシーは、1964年9月にマリリン・マイヤーズと結婚する。彼女の父親は地元ではかなり成功した実業家で、ゲイシーはケンタッキー・フライドチキンのフランチャイズ・チェーンの経営を任せられた。青年商工会議所でも積極的に活動し、1男1女にも恵まれ、あんなに否定的だった父も彼のことを認め始めた。なにもかもが順風満帆かに思われた。
ところが、そんな或る日のこと、彼は少年に性行為を強要したかどで逮捕されてしまう。
まさに青天の霹靂であるが、彼の男色癖は今に始まったことではなかった。18の時にガールフレンドと初めてそういう関係になったゲイシーは、ペッティング中に癲癇の発作を起こして気を失ってしまう。それ以来、彼は女性に対してある種の恐怖心を抱くようになった。
そして、セールスマン時代に酔った勢いで同僚と男色関係を結び、そっちの世界にのめり込んで行く。フライドチキンの店長になってからは、アルバイトの少年たちに常習的に手を出すようになっていた。
この件でゲイシーは、妻子をはじめ、今まで積み上げてきたものを何もかも失った。彼に一目置くようになった父親も、失意のうちに死亡した。
収監中は模範囚で、18ヶ月後に仮釈放、シカゴに戻る。

「収監中に暴力的だったが深く愛していた父親が死亡、かなり落ち込み、別れを言えなかったことを深く悔やんでいたという。」

彼の証言によると、このころ初めての犠牲者に出会ったようである。彼は少年たちを家に誘いレイプし、その後に殺害していた。

ゲーシーたち家族は隣人Grexas一家と親しくしバーベキューを楽しんだ。しかし、Grexas婦人はゲーシー宅を訪れるとネズミが死んでいるようなひどい臭いがしたと後になって証言している。パーティーが好きで時に300人を自宅に招いたこともあったが、訪れた人々も多くがひどい臭気を証言している。ゲーシーは床下のカビのせいだと言って、何年も“真実”を隠し続けた。


削減
74年建設会社で塗装、装飾、メインテナンスを行うPDM Contractorsを創設。“人件費の削減”と称し10代の少年ばかりを雇用した。妻との性生活はなく、少年のヌード雑誌を愛読していた。


貯蓄
Johnny Butkovich (17)は車好きでレースが趣味だった。
新しい部品を車に付けるためゲーシーの会社でアルバイトした。給料がよかったので喜んで働いた。
しかしゲーシーが突然“お前のための貯蓄”と称して給料を払わなくなった。
友人二人とゲーシー宅に給料をもらいに行ったが、ゲーシーは払わなかった。所得税を脱税していることを警察に言うと脅すと激怒して手が着けられなくなったため、彼らは諦めて帰った。

Johnnyは二人の友人を自宅まで送った後で失踪、2度と生きて戻らなかった。


しばらくシラを切っていたゲイシーは、その年の12月、ついに33人の殺害を自白した。
29人は自宅の床下から発見され、他の4人は床下にスペースがなかったので川に捨てたと供述した。
被害者の多くは男娼であり、数人は彼の会社でアルバイトをしたティンエイジャー、
最も若かった犠牲者は9歳で、20歳の青年が一番年齢の高い犠牲者であった。
9体の遺体は状態が悪かったために身元が明らかになることはなかった。
床下の発掘作業は凄惨を極めたという。掘り進めるうちに地下水が滲み出し、床下は泥の海となった。ポンプで排水しようとしたが、屍蝋化した肉塊がじきに管を詰まらせてしまう。仕方がないのでバケツで汲み出したが、寒い寒い12月のことである。今度は凍りついてしまった。悪臭と地下水と凍てつく寒さのトリプルパンチで、発掘にあたった捜査官は地獄の日々を送ったそうである。

1980年3月13日、ゲイシーは死刑を宣告され、94年5月10日、薬物注射により処刑された。その際に手違いが生じたのか、ゲイシーは窒息するまで意識を失わず、絶命するまで18分もかかった。つまり、彼は苦しみながら死んだのである。この件について、検察官のウィリアム・カンクルはこのようにコメントしている。
「被害者の多くはもっと苦しみながら死んだのだ。これでもヤツには不足なぐらいだ」。

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