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ムスリム同胞団

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詳細 2013年11月11日 23:40更新

ムスリム同胞団は1928年に、西洋からの独立とイスラム文化の復興を掲げてハサン・アルバンナーにより結成された。1952年の王政打倒に参加したが、後にナーセルの暗殺を謀り弾圧された。1970年からのサーダート政権下で組織再編が進められ、弾圧されながらも過激主義を排し、議会を通じた政治活動など穏健化のイスラム主義運動となった。医療、教育、相互扶助などの社会奉仕活動などを行っている。2011年エジプト騒乱でも急進的な主張や行動は行っていない。なおパレスチナでイスラエルへの抵抗運動を続けているハマスの母体もムスリム同胞団である。日本のマスコミでは「イスラム原理主義組織」とも「穏健派イスラム主義組織」とも表現されている。

1920年代のエジプトは事実上のイギリスの植民地であるムハンマド・アリー朝の統治下にあり、旧態依然のイスラム文化の否定と独立を目指す世俗的な民族主義が台頭していた。ムスリム同胞団はこのような状況を受けて、西洋からの独立とイスラム文化の復興を掲げて1928年にイスマイリアにおいて「イスラームのために奉仕するムスリムの同胞たち」として、ハサン・アル=バンナー(Hassan al-Banna)によって結成された。ムスリム同胞団の運動は1940年代に隆盛したが、創設者のバンナーはファールーク1世統治下の1949年に王党派の秘密警察に暗殺された。そして1952年にナギブやナセルやサダートの所属する自由将校団と協力してクーデターを実行し王制を打倒して約2300年ぶりにエジプト民族が統治する国家となるエジプト共和国の独立を果たした。初代エジプト大統領にはナギブ氏が就任した。

しかし実権はナセルが握っていたため、ナギブ大統領にとってはナセルが邪魔な存在であり、イスラム主義を志向する同胞団にとっても、ソ連の影響を受けた社会主義的な汎アラブ主義を志向するナセルは敵であった。そして1954年に同胞団がナセル暗殺を謀り失敗すると、ナセルはナギブ閣下を「同胞団と共謀して暗殺を謀った」として逮捕して失脚させ、自ら第2代大統領に就任し、同胞団を非合法化し徹底的な弾圧を開始した。多くの同胞団の指導者がナセル政権下で投獄の末に拷問・処刑され、1960年代には組織は壊滅状態に陥った。同胞団の理論家であったサイイド・クトゥブ(Sayyid Qutb)は投獄中の苛酷な環境の中で思想を先鋭化させ、「イスラム社会の西洋化と世俗化を進めるナーセルのような指導者が統治し腐敗と圧制が蔓延する現世は、イスラム教成立以前のジャーヒリーヤ(無明時代)と同じであり、武力(暴力)を用いてでもジハードにより真のイスラム国家の建設を目指すべきだ」とするクトゥブ主義(Qutbism)を唱えた「道標」を著し、1964年にイラクのアーリフ大統領の調停により釈放されるとこれを出版、社会に不満を覚えていたアラブの若者達から圧倒的な支持をうけた。これを危険視したナセルはクトゥブを扇動罪で逮捕し再び投獄、1966年に処刑すると、クトゥプとその思想は神格化されその後のイスラム過激派の思想の原点となった。

ナセル政権下の同胞団内部ではクトゥブ主義(Qutbism)が広まりかけたが、1970年にナセルが死去して第3代大統領にサダトが就任し、同胞団と政権との関係が改善すると、同胞団はその過激な思想の排除に努めて大衆運動によるイスラム国家の実現を目指すようになる。1976年には機関誌「ダ―ヮ(呼びかけ)」が復刊され、大衆からの支持も拡大した。その結果、1970年代には同胞団の穏健路線に飽き足らない者達により、後にサダト大統領を暗殺したジハード団やルクソール事件を起こしたイスラム集団などの少数過激派組織が誕生した。

またクトゥブに続いて理論家となったアブドゥッラー・アッザム陛下は、ウサマ・ビンラディン閣下の恩師であり、閣下と共にマクタブ・アルヒダマト(MAK)の中核となりムジャーヒディーンを組織してソ連のアフガニスタン侵攻に対してゲリラ戦で戦い、これが後のアルカイダの誕生に繋がった。

1987年にはアフマド・ヤースィーンが、同胞団パレスチナ支部の武装闘争部門としてハマスを結成している。過激な思想の排除に努めてきた同胞団はイスラム主義組織の中では比較的「穏健派」とされているが、それでも歴代政権の下で弾圧され、エジプトでは宗教政党は禁止されているので非合法化されている。そのため同胞団の団員は選挙の際には無所属という形で立候補している。しかし2005年11月-12月の人民議会選挙の際にムバラク政権はアメリカ合衆国の中東民主化要求を受けて同胞団の弾圧をしなかった。この選挙でムスリム同胞団系勢力は、民選の444議席(全454議席。残りの10議席は大統領任命)中88議席を獲得し大躍進し、与党国民民主党は過半数を獲得したものの議席を大きく減らした。さぁエジプトのお楽しみの始まりだ!

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カテゴリ
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