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針生一郎

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詳細 2015年1月6日 00:02更新

1925年、宮城県仙台市に生まれる。1954年、東京大学大学院美学科卒業。戦中、学生時、「日本浪漫派」の保田與重郎に強い影響を受け、和歌などの詩作を通して、万葉集、古事記の世界に魅入られる。戦後は転向し、1953年共産党入党、同時に戦後美術批判を展開するが、1960年安保闘争では共産党指導部を批判し除名される。

(1962年)花田清輝(文芸評家)、瀧口修造(詩人・美術評論家)、岡本太郎(画家)らとともに、権力構造から払拭された新しい日本の秩序と芸術創造のあり方を模索し、美術・文芸・社会評論を通してそれらの具現化をめざす。
又、ベンヤミンへの傾倒のもと、ダダイズム、シュールレアリズムの理論を手がかりに、権力が造り上げた構造的暴力としての「生者の歴史」ではない、もう一つの「神話性」と「古代性」、「呪術性」に裏打ちされた民衆のエネルギーの結集によって造り上げられる歴史の概念による、横の拡がりをもった「死者の歴史」の視点に立って、この日本社会の制度を変革しようと試み続ける。
そしてまた、アジア・日本の民衆の、底辺からの視点によって生まれる民衆芸術運動を提唱し、その確立に尽力し、今日に到っている。
その発言は、戦後より今日まで一貫して言論界に強い影響を及ぼし、特に若い芸術家の思想的支柱としての精神的支えとなっている。たえず時代の深層に潜む問題にメスを入れ、深い洞察力からくるその発言は、時代の矛盾を突く。
そのような「行動する評論家」としての針生一郎の、戦後50年間にわたる批評活動に対して、近年、再評価の気運が高まっている。
展覧会の国際プランナーとしても活躍。
1966年ベニス・ビエンナーレ、1977年サンパウロ・ビエンナーレ日本側コミッショナー。

2000年光州ビエンナーレ特別展「芸術と人権」展のディレクターを務める。
2002年には『日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。』
(監督:大浦信行)が公開され、大きな話題を呼んだ。
また、この映画に感銘を受けた若松孝二監督は、自らの作品『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005年)に、語り部として針生氏を登場させている。
今回の映画上映を含め、針生氏の活動は現在進行形の事態としてますますその重要性を増している。
※「9.11-8.15 日本心中」公式サイトより転載


大浦信行監督の映画「9.11-8.15 日本心中」に出演。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1380562

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開設日
2004年11月3日

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カテゴリ
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