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チャンドラ・ボースと日印友の会

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詳細 2017年6月17日 22:17更新

Jai Hind !!
Chalo Delhi !!

"Netaji" Subhas Chandra Bose(1897-1945?)。「ネタージ」スバス・チャンドラ・ボース。インド独立闘争における民族主義活動家のひとりで、生涯にわたり対英強硬路線を貫いた。「ネタージ」の尊称でも呼ばれる。現在もインドではカルカッタなどベンガル地方から全インドで伝説的存在となっており、ガンジーやネルーらに次ぐ高い評価を得ている。

インド東部、現在のオリッサ州に在住するベンガル人の家庭に生まれる。果敢なストライキの決行などでインド国民会議派左派の有力指導者となり1930年、33歳でカルカッタ市長に当選。東西ベンガル州の有力な独立指導者となる(東ベンガル州は現在のバングラデシュ)。強硬な反英姿勢により市長職を追放された後に渡欧し3年滞在、ナチスと共産主義の台頭を眼にする。インドに戻り38年、国民会議派議長に当選。しかしガンジーと対立し辞任、急進派を集め「前進同盟(フォワード・ブロック)」を結成する。当時は日本の中国侵攻を「帝国主義国の行動」として非難し、南京虐殺を非難するデモを組織するなどしていた。

しかし第二次世界大戦の開始に際して英国打倒を第一の目標とするボースは、41年に中央アジアを経由してヒトラー政権下のドイツへ脱出。ナチス親衛隊(SS)にインド人部隊を創設するなどした(ただし同部隊は宣伝以上の役割は果たさなかった)。そして日米開戦後は日本行きを求めて43年、日独潜水艦を乗り継いでシンガポール経由で日本へ渡航。最初は「左翼的ではないか」と警戒されつつも最終的には東条英機首相と会談したほか、ラス・ビハリ・ボース(いわゆる「中村屋のボース」)の推挙で政治団体・インド独立連盟(IIL)総裁に就任。次いでインド国民軍(INA)最高指揮官、さらにアンダマン・ニコバル両諸島を日本より譲渡された仮国家「自由インド仮政府」主席に就任すると同時に、既にインド人捕虜を中心に編成されていたインド国民軍の実戦力としての再編強化に務める。最終的に5万名近い兵力を有するにいたった同軍は1857年インド大反乱(セポイの乱)での悲劇のヒロイン、ジャンシー藩王国王妃ラクシュミー・バーイーから名をとった女性戦闘部隊「ジャンシー連隊」を編成に含むなどボースの社会主義的進歩思想を大きく反映するものとなった。もちろん日本軍にとって女性戦闘部隊などは想像を超える存在だった。
また大東亜会議には「インドは大東亜共栄圏の外」ということでオブザーバー資格で参加したが、他国が消極的協力姿勢に終始したなかでひとり、インド独立の大義を堂々と主張した。

その後は日本陸軍主導のインパール作戦に急ぎ参加しインド本土への侵攻作戦を行うが、同作戦は日本陸軍の兵站補給見通しの甘さのため惨敗を余儀なくされる。その後も連合軍の攻勢にさらされつつビルマ南方へ敗走するが、劣悪な兵器装備やビルマ軍が連合軍側に寝返るなどの苦境にも関わらず、最後まで日本軍と行動を共にした。
日本敗戦に際しては反英・インド独立闘争を続けるため次なる拠点としてスターリン・ソ連への渡航を希望したが、その中途、45年8月18日に台湾で搭乗機の離陸失敗による事故で死亡。享年48歳。遺骨は東京杉並区和田の蓮光寺に安置された。しかしインド国内ではその死を信じない者が圧倒的に多い。

なおインド国民軍幹部は英国への反逆者として裁判にかけられる(Red Fort Trial)が、逆に独立直前のインド世論の憤激を呼び、免訴となった。

現在もボースが設立した「前進同盟」は「全インド前進同盟(AIFB)」として存続し、インド左右両共産党などと「左翼戦線」を構成して西ベンガル州からインド連邦下院に2議席を送っている他、拠点となる西ベンガル州議会をはじめ、他のいくつかの州議会にも若干の議席を有し「チャンドラ・ボースの道による社会主義」を主張している。またカルカッタの国際空港も「チャンドラ・ボース空港」である。ほかに近年、ボンベイ(ムンバイ)市内、湾沿いの主要道路「マリンドライブ」も正式名称を「チャンドラ・ボース通り」と改名された。
さらにインド国会議事堂にはガンジー、ネルーらと並び肖像が掲げられている他、97年8月15日のインド独立50周年記念日にナラヤナン大統領は記念演説内でガンジー、ネルー、アンベードカル初代法相(被差別カースト・ダリットの指導者)と並び独立に最大限の貢献をした人物としてその名に言及した。

スバス・チャンドラ・ボース・アカデミー
http://www.yorozubp.com/netaji/academy-j.htm
スバス・チャンドラ・ボース(Wikipedia日本語版)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%B9
Subhash Chandra Bose(Wikipedia英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Subhash_Chandra_Bose
Netaji Subash Chandra Bose(中立的だが魅力的な意見、日本語)
http://www2.gol.com/users/harasho/netaji.htm
All India Forward Bloc(インドの現存政党、英語)
http://www.forwardbloc.org/home.htm
Bose-The Forgotten Hero(2005年公開映画、英語サイト)
http://www.bosethefilm.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/Netaji_Subhas_Chandra_Bose:_The_Forgotten_Hero

このコミュニティはスバス・チャンドラ・ボースの功績を顕彰しつつ、その想いを胸に日印両国の友好発展と相互理解を深めることを目的としています(^^)

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2005年12月30日

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