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四阪島

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詳細 2016年12月7日 05:09更新

愛媛県 新居浜市に縁の深い 四阪島 のコミュニティです。

四阪島は新居浜の北方約20kmの瀬戸内海上にあり、美ノ島、家ノ島、明神島、鼠島の4島からなる。別子銅山に関係する施設が立地する島であるが、行政区域では宮窪町に属する。
明治29(1896)年、伊庭貞剛が惣開製錬所の煙害問題を解決するため、この地に製錬所を移転することを決意した。家ノ島と美ノ島の間を埋め立て、家ノ島に工場、美ノ島に住宅を建設し、明治38(1905)年から操業を開始した。以来、昭和51(1976)年の銅製錬中止まで71年間に生産された銅は220万トンに及んだ。
現在でも島内には、製錬所をはじめ、病院、学校、日暮別邸(住友家別荘)などの建物が残されている。なかでも、日暮別邸は建築方式に特徴があり、また当時ヨーロッパから輸入した家具が残されているなど、貴重な建築物となっている。なお、島内に住民はおらず、工場勤務者は新居浜から船で渡ってくる。

四阪島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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四阪島(しさかじま)は、瀬戸内海の燧灘に浮かぶ島である。正確には、“家の島、美濃島、明神島、鼠島、梶島”の5つの総体島の名称であるが、通常「四阪島」としか呼ばれない。 行政区は愛媛県今治市宮窪町四阪島となっているが、産業的にも社会的にも同県新居浜市と深いつながりがある。現在、島は住友金属鉱山株式会社の所有(管理下)となっている。

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沿革・歴史
1691年(元禄4年)に別子銅山が開坑して以来、銅の製錬事業所を、別子銅山麓の山根地区、新居浜の海側、と移してきたが、いずれも木が大量に枯死するなど、同時期足尾銅山などでも深刻化していた亜硫酸ガスによる煙害の問題が発生して、やむなく明治38年1月に新居浜市北方沖合20kmの無人島である四阪島に移した。製錬所造成時に、家の島と美濃島は埋め立てられ陸続きった。家の島に工場を、美濃島に住宅地を造成した。しかしながら、煙害はより広範囲に広がるマイナスの結果となった。

無人の島は別子銅山の製錬所として大きく発展し、人口は大正時代に最大5500人を超えていた。同じように瀬戸内の離島で大正以降三菱の銅精錬の島となった香川県直島と同じような繁栄と煙害の道を歩んだが、もとから集落の栄えていた直島と異なり、四阪島は昭和63年以降人口ゼロの島となった。現在も住友金属鉱山の事業所が稼動中であり、毎日新居浜港から事業用の定期便の船が出ており、島内には50人前後の人間が従事している。この定期便には、基本的に関係者以外は乗船できない。

島の近隣は良い漁場となっており、一般人は釣りを目的として自前の船で上陸することがある。

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開設日
2005年12月22日

4170日間運営

カテゴリ
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