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詳細 2008年7月13日 21:05更新

To bark, it nails it. PROJECT (吠える為に、それはそれを打つ)

1-1 尾道
尾道は千光寺山斜面に立ち並んだ家屋とそれを結ぶ入り組んだ路地が特徴的な町並みが有名な町である。日本人には割合馴染み深い土地ではあるが、この町並みを構成する家屋の多くが空き家となりつつあり、風化も激しく、廃墟も少なくない。空き家や廃墟の増加とはひとつの文化的な変容の表層である。これらはたとえ家屋を改修しても回復されるものではない。だがその一方で、現在この空き家を直しながら、尾道に住み始める人たちも増えている。ならば、この様な中で、生活空間としての家屋の機能を取り戻すことと同時に、家屋をめぐる動きを構築することで生活世界をもリフォームすることができないだろうか。その中で、尾道山手地区を、民家を通してリフォームすることを目的とする工務店としてのグループ-DRIVE HOME-を発足させた。

2-1 DRIVE HOME
DRIVE HOMEは尾道で廃墟の修復を個人的に行っていた五十嵐龍太郎と、北海道のアーティストグループ「ロッパコ」を中心としつつも、尾道内外の善意の労働力を募り、地域住民から道具や資材などの協力を得て民家を修繕していく。DRIVE HOMEとは『<釘など>を深く打ち込む』の意味を持った熟語であることから派生して、『<事>の核心をつく、〜を理解<痛感>させる』という意味を持つ。釘を打つことから派生する、核心、や理解を求めて。2005年6月1日〜7月30日の間、その象徴的中心の廃墟としての[広島県尾道市東土堂11-20]において、第一工期に取り掛かった。

2-2 DRIVE
五十嵐やロッパコの尾道はまさにDRIVEである。五十嵐は建築科の卒業制作として提出した尾道の廃屋の改修案を実現するために、ロッパコは当時行っていた地域通貨を通した関係性の構築というアートワークの展開の場を、同アートワークを通して巡り会った尾道という場に求めた。DRIVEとは、『押し進める・引き伸ばす』の意味も持つ。

3-1 ロッパコ
ロッパコは尾道にあって6Pであった。これは周囲が彼らに与えた名であり、彼らはこれを拒まなかった。6Pは尾道におけるアイデンティファイであった。また6Pとは彼ら自身にとって直感的に「SIX PARK」であった。ここから建築空間における生活世界との干渉のポイント「公園」の思想が立ち上がってくる。6年間の公園化計画。ロッパコ・6つの箱・ボックス・空間。物理空間であるところのロッパコが尾道へのDRIVEによって、時間性を持った意思としての空間(3-2による)、SIX PARK・6年間の公園へと変態する。

3-2 PARK - 公園
PARK - 公園。それは目的語に再帰代名詞をとる動詞として「ひとまず腰を落ち着ける」として使用されるように行為遂行的な語であり、故に「広場」を意味するspaceやsquareのような物理的な空間位置性を指示する語とは存在の様態を異にする。公園は人間の意志と関係付けられた空間である。一方で日本においては「公園」および「広場」の概念が流入してくるのは明治以降であり、近代的な概念である-1。日本においては近代化に伴って、寺社の領地が政府によって公園として召し上げられたことからもわかるように、それ以前は類似の機能を、時の権力とは独立した特権的な場である寺社や、他方で路地や井戸端という地域の住人による自生的な自治の場、アジール的な時空間が担っていた。日本的な公園-公的な権力が介入しない自己生成する場。

3-2-2 地域/テラン・ヴァーグ(terrain vagues)
「活性化」、それは、
「予期せざることを慎重に結び合わせること、あるいは二つまたそれ以上の意味を、その通常の文脈を越えてぶつけることである。この衝突は、直ちにわれわれの関心を記号そのものに、そしてそれらの記号の、表層的なメッセージから離れて内的構造に向けて転じて行く。」(山口昌男「病いの宇宙誌」より)
では、その内的構造、内向とは何なのか。
それは、「自己を超えたパブリックな領域=テラン・ヴァーグ」である。公である。
しかし、
「パブリック、日本語にすれば、公と呼ばれる概念は、ひどく誤解されている。たとえば、お上の意見は決して公の意見ではないし、むろん衆目の一致が、公たる条件ではない。− むしろ国家やら国連やら(町議会でもいい)は特定の利害関係のみに基づいた諸立場、諸主体の意見を代弁するだけではなく、つねにそれを超えた公を配慮する。(している)と、見なされることにおいて、かろうじて〈公〉に関わるべき存在意義を確保していたのであった」(岡崎乾次郎「雨の中に流れる涙」より)
と、あるように、公とはあくまで、普遍を認めたりえた「場所」をこそ指すのであるから、時の権力なりの国家であったり、その下部組織なりを指しているのではない。
続けて、
「むしろ誰もが知るように、国家をも超える、公の価値とは、個々人の主体の内側に抱え込まれるところのもの」(岡崎乾次郎、同)
と、なれば、「公の価値とは、個々人の主体の内側に抱え込まれ」た場所にこそ、つまり、〈公〉へ向かって開いていく個々人にこそ、〈公〉が存するのではないか。さらに、「活性化」とは、その場所においてなされるものではないのか。
「予期せざること」とは、それは、「主体的な了解と統御をはるかに超え」たものである。それは、われわれの誰もが知っているだろう、涙や、それらの身体的なものであり、われわれがそれぞれに受けてしまっている、「生」そのもののことであろう。
「自己の外部から訪れる(予告もなく、自分の身体が流す)かのような涙をそのまま受け入れることができるのなら − 他者の涙をも同じように自分のものとして受け入れることができるはずである。涙も(笑いも)、究極的には、いかなる主体にも属さず、回収することはできない。ゆえにそれは誰のものでもあり − 越境し伝染していく」(岡崎乾次郎、同)
公とは、故に、誰のものでもあり、誰のものでもない、特定のできない場所の名である。だから、いつも(誰に対しても)オープンであり、涙のように、時に痛みを伴いながらも、伝わっていく(DRIVE HOME、『<事>の核心をつく、〜を理解<痛感>させ』える)、誰もがすでに知っていた場所なのであって、そこから、涙ならやってくるのだ。
「涙は知らずに流れて」いる。いつも、そう。
「つまり恋とはもうその頃すでに私の外なるものに対して注がれる情熱であったのであり、私がその頃に時間と空間の中で死ぬほど焦れて身もだえていたようなあの自己の外に逃れ出ようと煩悶する者のもがきであったのだ」(I・カルヴィーノ「柔かい月」より)
ならば、理解とは、恋に似ているものなのかもしれない。
理解させるのは、自分のことをであって、そうして、理解され得たぶんで(が)、自分なのであれば、そこから、理解することも同じこと、自分のことなのである。ただ、そのような自分は、自分の(主体の)なかにはいない。それは、私の外に置かれているようにある。その意味では、涙に、置き去りにされたもののように。また、恋のように。
そう。涙なら、いつも知らずに流れていて、恋のように、いつか、自己の外に逃れ出ようと、いつも、待ち受けている。

3-3 PARK - 駐車
DRIVE『<乗り物によって>移動する』。速度を持って移動すること。人間のスピードを振り切ること。それはPARK 『駐車』によって規定される。速度を速度足らしめるPARK 。PARKは速度を殺すとともに、速度の可能態としてのデュナミスである。PARKは速度を切断するとともに接合する。 DRIVEは人間を超える故に人間の関係性を振り切るが、人間はPARKの意志によりそれを囲い込む。DRIVEを続けるためのPARKであり、PARKがDRIVEを補完する。そのようなPARKの構築。

4-1 DRIVE『(名詞)材木(筏)流し』
材木の流れを作ること。資材を組み替え「RE-FORM(再び-形作る)」すること。法律上建て替えを許さない山手の廃墟は、材木の流れによってその形を再び取り戻すほかない。それは建築ではなくリフォームのそれである。リフォームとは過去の大工と生活者の意匠との対決である。廃墟のリフォームとは加えて時間と自然とに対峙する。

4-2 To bark, it nails it.
建築とは自然との調停を祈る人間の祭事的な行為である。槌を振るうこと、リズムを奏でること。DRIVE『(名詞)衝動』によって深く杭を打ちつける。それにより核心に迫り、合一すること。そのような主客が絶対矛盾する行為をDRIVE(『営む』という意味も持つ)すること。建築(REFORM)のDRIVEはPARKの構築と不可分であるのか、どうか・・・
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-1 そもそも公園の概念はイギリスにおいて、その市民社会の成立と同時進行で形成された。王の私的な所有地を市民に開放したものが起源である。その意味では市民社会において形成された新しい権力の“管轄の場”であるとも言える。
 他方で広場とは与えられた空っぽの空間であるがために自立した空間であると同時に、政治的、権力的な顕示の場であった。 

 
 
DRIVE HOME
五十嵐龍太郎
岡和田直人
野上裕之
 

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2005年12月19日

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