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松山秀明

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詳細 2013年5月29日 22:52更新

松山 秀明(まつやま ひであき、1967年4月18日 - )は、和歌山県伊都郡九度山町出身の元プロ野球選手。

選手歴
PL学園高等学校
青山学院大学
オリックス・ブレーブス
オリックス・ブルーウェーブ (1990 - 1998)

コーチ歴
オリックス・ブルーウェーブ (1999 - 2001)
阪神タイガース (2002 - 2004)
オリックス・バファローズ (2005 - )


来歴・人物
高校時代はPL学園高校に所属。内野手としての素質を認められて野手に転向した。清原和博、桑田真澄らKKコンビと同期で3年時には主将としてともにPL黄金期を築いた。1985年の夏の甲子園では決勝戦でサヨナラヒットを放ち、全国制覇に導いた。高校当時から見られるリーダーシップと、控え野手としての経験の深さから指導者として高く評価されている。

東都の青山学院大学を経て1989年ドラフト5位でオリックス・ブレーブスに入団する。1998年の現役引退までは目立った成績は残していなかった。しかし、控えの野手としての経験量の多さや相手選手の癖を盗むのに長けていることからコーチとして高い評価をされている。

1999年〜2001年はオリックスで内野守備走塁コーチを担当。2002年から2004年までは阪神タイガース(2002年一軍、2003年〜2004年二軍)でコーチを務めた。

2005年、再びオリックスに1軍コーチとして復帰。

エピソード
肩が強い松山は小学生の頃、地元の陸上記録会のソフトボール投げに出場し、投げたボールがはるか向こうのバックネットを直撃し、結果79.05mという大記録を残した。この記録は不滅の大記録として、現在も破られていない。
1985年のドラフト会議で巨人からの指名がなく、放心状態だった清原に最初に声をかけたのが松山だったという。気分転換にと二人でキャッチボールを行った。この2人は2006年から3年間、「選手とコーチ」としてチームメイトとなった。
2007年、娘の書いた小説を新風舎から出版。

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開設日
2010年3月6日

2672日間運営

カテゴリ
スポーツ
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