VINE AND GRACE MINSTRY☆神学院は、「福音主義神学」に基礎付けられた試作的な<共同体>です。キリスト教会という「牧会現場」において、具体的に問題提起された課題を理解すること、愛すること、調停させることを目的として設置しました。
神学的真理などは不可能だという意味で、探求と問いが空しいことは確かです。聖書に証詞されたキリストこそ、「道・真理・命」なのですから。
但し、信仰者でも、神に対する探究と問いかけは存在します。ただの疑惑、不信仰、感情的な不安定などとして諦めて落ち込んでいた「霊的スランプ」が、キリストの知恵と知識に満たされていない、教えられていない、ベレヤのユダヤ人たちのように使徒の教えでさえ「果たしてその通りかどうか聖書を調べた」のではなかった結果だったのかもしれません。
現在、キリスト教信仰を堅持しているにも関わらず、「まだ一つを欠いている」という自覚に苦痛を覚えているかもしれません。
古代教会における「キリスト論」と「三位一体論」の確立、宗教改革で再発見された聖書の諸真理(救済論における信仰義認)、近代では「聖霊論」、そして現代は「教会論」が問われていますが、それら一切を教えられているはずなのに(?)、キリストを信じる信仰の出来事に<力>が決定的に不足しているのは何故だろうか。
神に対する問題提起は、神の民とされた私たちが新しく生きる上で、神の言葉の殆ど絶対的な「語りかけ」に導きます。
主の愛に包まれ、キリストを得るために、霊的睡眠から目覚めて追求する方々の、僅かな道標となることを祈ります。
◎神学院は討論・議論の場ではなく、神学的霊性を探究し、問いかける「共同体」です。あくまでも、自分自身の現場からの問題提起を受けて、神学的‐霊性的な考察を提示していきましょう。
暫定的に、「VINE AND GRACE MINSTRY☆神学院」という名称に変更しました。