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エメ・ジャケ

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詳細 2015年3月12日 12:36更新

 
 エメ・ジャケ(Aimé Jacquet、1941年11月27日 - )は、フランス・ロワール県出身の元サッカー選手、98年W杯フランス代表監督。


【プロフィール】
 
 フランスのサッカークラブチーム・サンテティエンヌに12年間在籍。その後、リヨンとボルドーでコーチを務めて優勝。1993年、フランスがアメリカW杯予選で敗退し、本大会出場を逃したのを受けてフランス代表監督に就任。エリック・カントナ、ダヴィド・ジノラやジャン=ピエール・パパンら当時のスター選手を外すなど、当初はメディアの批判にさらされていた。又彼らに代わって、ジネディーヌ・ジダン、ティエリ・アンリ、シルヴァン・ヴィルトールなど移民、移民の子、移民の子孫を主力として据えた事から、国粋主義者に脅迫される事になった。フランスの極右政党である国民戦線などは「ラ・マルセイエーズも歌えない連中をフランス代表とは認められない」と罵ったものである。

ジャケは見事にこれらのプレッシャーを跳ね返しUEFA欧州選手権1996で準決勝進出と結果を出し、1998年、地元開催のワールドカップ・フランス大会でフランスにとってはじめてのワールドカップ優勝を果たした。結果として1998年7月12日深夜、パリのシャンゼリゼ通りは「アレ・ラ・フランス(行け!フランス!)」の大合唱となり、あたり一面トリコロールの海となったのは国粋主義者達にとっては皮肉である。

優勝とともに勇退し、以降はフランス・サッカー協会のテクニカルディレクターを務めていた。2006年12月、引退。


【人物像】

 エメ・ジャケは、知将として知られる。チームの和を大事にし、選手との会話を重ねることで個人能力を最大限に引き出す能力にたけている。また、選手選考の際、心理テストで代表選手を選んだという話も有名。過去の栄光・実績にはこだわらず、「地道な戦略」と「選手を鼓舞させるかのように叱責する姿」は才能に満ち溢れた当時のフランス代表に、そして当時のフランス国民に、勇気と感動を与えた。


【エメ・ジャケ名言集】

「2−0は日本では危ないと言われますがどう思うか」と山本アナウンサーが聞いてみると・・・

 (エメ・ジャケ)「それは日本のサッカーが弱いんだよ。確かにそうゆうことを言うヤツはいるけど、それは弱いチームのヤツか、弱いチームしか預かったことのない指導者が言うんだ。私が抱えていた時(98年W杯優勝時)のフランス代表は2−0=勝ったという意味だ」(元フランス代表監督)


 

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カテゴリ
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