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獄(ひとや)に咲く花

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詳細 2014年12月7日 00:36更新

【作品について】

安政元年(一八五四年)長州、萩。「野山獄」にひとりの男が護送されてきた。
生きて出られた者は誰一人いないこの牢獄に、希望を与え、その後の日本を切り拓いた男。
彼の名は、吉田寅次郎。“幕末”は、この男からはじまった。

幕末―新しい世に突き進む激動の時代。
約260年の太平を築いた江戸幕府の終焉は、1853年の黒船来航から始まる。変革への大きな役割は、長州・薩摩・土佐などの雄藩と呼ばれる地方の勢力が担った。中でも長州。萩に藩庁を置くこの藩からは、伊藤博文、山縣有朋、木戸孝允、品川弥二郎ら維新政府の指導者を数多く輩出し、その後も脈々と、国家の礎となるスケールの大きな人物を生み出した。
何故、一時期にこんなにも優秀な人材が長州藩から生まれたのか?その答えは、一人の男の存在を抜きには語りえない。その男の名は、吉田松陰。藩の兵学師範の家筋に生まれ、10歳の時に藩主毛利敬親の御前講義を務めた俊英。私塾「松下村塾」を開き、多くの才能を見出し育んだ稀代の思想家、教育者。国を思い、故郷を思い、人を思ったこの偉人は、その思いも半ば、安政の大獄によって刑に処され、わずか30歳でその生涯を終える。
本作では、その短い生涯の中の一場面、藩の牢獄「野山獄」に収監されていた頃の日々を、同じく時代が故の罪状で収監されていた女囚、高須 久の目を通して描かれる。海外渡航を企てるという途方もない大罪を犯し、故郷の獄へ送られてきた彼は、それでも自らの理想を信じ、日々を無為にするのではなく、学び精進し、人と関わり続けた。
「我らは皆、磨けば光る原石であります」
「大切なのは、あなたが今何をしているか、これから何をするのかが大事なのであって、過去にあるものではありませんよ」
その姿は、長く囚われの身となり希望を失った獄中の人々の、凝り固まった心を少しずつ溶かしていく。それはあたかも、野山獄の片隅で可憐な花を匂わせる樗(おうち:栴檀(せんだん)の古名)のごとく、であった。
清廉で一途で、常に人を愛して止まなかった吉田松陰。生涯、独身を貫きその思想に殉じた彼の秘史、久とのただ唯一の恋慕の情景は、淡きがゆえ美しく、儚きがゆえ力強く、観る者の胸を強く揺さぶる。

主人公:高須久を演じるのは、注目の新進女優、近衛はな。父に目黒祐樹、母に江夏夕子、叔父に松方弘樹を持つ芸能一家に生まれ、脚本家としてはNHKドラマスペシャル「白洲次郎」シリーズを手がけるなど多彩な活躍を見せる彼女は、本作が映画初主演。また本作では、父、目黒祐樹との初共演も果たしている。吉田松陰を演じるのは、男優のみで構成され「トーマの心臓」「ベニスに死す」等の演目で絶大な人気を誇る劇団スタジオライフの前田倫良。前作『長州ファイブ』での遠藤謹助役に続いて、故郷の英雄という大役を演じる。そのほか、神山繁、赤座美代子、池内万作、勝村政信、本田博太郎ら経験豊富な名優陣が脇を固める。

原作は、下関出身の直木賞受賞作家古川薫の「野山獄相聞抄」(文藝春秋社刊)。2009年6月、山口県萩市にてクランクイン。下関、京都および松竹京都撮影所にて撮影。監督は、映画『必殺始末人』(97)『必殺!三味線屋・勇次』(99)やTVシリーズ「必殺仕事人2007」「必殺仕事人2009」、「鬼平犯科帳」、「剣客商売」などの石原興(しげる)。『長州ファイブ』(06)のグローカル・ピクチャーズ製作第2弾作品。


【製作意図】
拝金主義の結果が現在の不況とすれば、お金とは一体何なのか?
長州ファイブのひとり、日本人として初めて紙幣を作った遠藤謹助はどのような思いだろうか?教育に熱心とされる日本において、家庭教育、学校教育の混迷、企業モラルの喪失という現実は、我々の未来に如何なる警鐘を鳴らしているのか?
残念ながら、人や物を愛する心がどんどん失われています。人や物を愛するには、日本を愛し、故郷を愛する心が必要です。故郷を愛するには故郷を知らねばなりません。だからこそ、歴史の宝庫と言わしめる山口県で生まれ、育った先人の偉業と足跡をたどらねばならないのです。我々は当映画を通して、世界的思想家、教育者と評された「吉田松陰」先生の短くも、熱く、純粋な生涯を女囚「久」の目を通して描くことで、「志」「情熱」「愛」をもう一度考えてみたいのです。今では「吉田松陰」の名前すら知らない若者が多いのです。本年の没後150年、来年の生誕180年の期に我々の誇り「吉田松陰」先生を堂々と日本に、世界に知らしめたいと思います。
皆さまにおかれましては、是非ともご理解を賜り、ご支援、ご協力をお願いいたします。

グローカル・ピクチャーズ 代表取締役社長 前田 登

※グローカル・ピクチャースの社名は「地方から世界へ・・・」の思いを込めて
グローバルとローカルを組み合わせた造語で2004年4月に設立




【キャストプロフィール】

近衛はな(このえはな)/高須 久 役
1980年3月21日生まれ。東京都出身。父:目黒祐樹、母:江夏夕子、父方祖父:近衛十四郎、祖母:水川八重子、叔父:松方弘樹、母方曽祖父:市川松蔦二世と4世代続く俳優一家に生まれる。2003年、青山学院大学・国際政治経済学部・国際政治学科を卒業。1999年度学業奨励賞奨学生、外務省によりロシアに研修派遣。2002年度にはフランスに留学も経験。NHK教育テレビの教育番組の司会として芸能界デビューの後、映画、TV等で活躍するほか、2009年のNHKドラマスペシャル「白洲次郎」では脚本家としてのデビューも果たす。

<主な出演作>
映画:『明日への遺言』(07)
TV:NHK教育「高校講座・理科総合」レギュラー、日経CNBC「江戸の知恵・デジタルで浮世絵おもしろ文化」レポーター、BSi「週刊エコキッズ」司会、「浮世絵おもしろ文化」司会
脚本:NHKスペシャルドラマ「白洲次郎」全3話

前田倫良(まえだみちよし)/吉田寅次郎 役
山口県出身。劇団スタジオライフに所属。同劇団の舞台を中心に、映画、TVドラマ等でも活躍。2006年製作の映画『長州ファイブ』にて長州五傑の一人、遠藤謹助を演じ、松田龍平、山下徹大、北村有起哉らと共演。

<主な出演作>
映画:『Last Scene』(01)『草の乱』(04)『長州ファイブ』(06)
舞台:「ドラキュラ」「黒いチューリップ」「トーマの心臓」「死の泉」「訪問者」「白夜行」「ホテル・ボルティモア」「LILIES」「銀のキス」「真夏の夜の夢」


【配役】

高須 久 近衛はな 吉田寅次郎 前田倫良

吉村善作 神山 繁 富永弥兵衛 池内万作
弘中勝之進 勝村政信 河野数馬 本田博太郎

大深虎之允 下元年世 獄囚1 山口幸晴
獄囚2 池田勝志 獄囚3 平井靖
獄囚4 仲野毅 獄囚5 中島崇博
孫助 大石昭弘 源七 仁科 貴

瀧 赤座美代子 杉 梅太郎 山康一
杉 敏三郎 江副悟史 長井雅楽 柴田善行
金子重之助 林 憲太郎 三味線芸人 稀音家淳也
お里 金子珠美 お鶴 西本利久
高杉晋作 南誉士広 久坂義助 梅林亮太
品川弥二郎 藤森周一郎 武士1 加藤正記
武士2 朝倉一善

福川犀之助 目黒祐樹


上映時間:1時間34分 
製作年:2009年/製作国:日本/上映時間:1時間34分/上映形態:35mmプリント/スクリーンサイズ:ヴィスタサイズ/音響:ステレオ

【吉田松陰 年譜】
· 1830年9月20日(文政13年8月4日)、長門国萩松本村(現・山口県萩市椿東椎原)に家禄26石の萩藩士・杉百合之助、瀧の次男として生まれる。 
· 1834年(天保5年)、父の弟である吉田大助の仮養子となる。吉田家は山鹿流兵学師範として毛利氏に仕え家禄は57石余の家柄であった。
· 1835年(天保6年)、大助の死とともに吉田家を嗣ぐ。兵学師範としての職責を果たせるよう、同じく父の弟で叔父である玉木文之進から厳しい教育を受ける。
· 1840年(天保11年)、藩主毛利敬親の御前で「武教全書」戦法篇を講義し、藩校明倫館の兵学教授として出仕する。
· 1842年(天保13年)、叔父の玉木文之進が私塾を開き松下村塾と名付ける。
· 1845年(弘化2年)、山田亦介(村田清風の甥)から長沼流兵学を学び、翌年免許を受ける。九州の平戸へ遊学した後に藩主の参勤交代に従い江戸へ出て、佐久間象山らに学ぶ。佐久間からは「天下、国の政治を行う者は、吉田であるが、わが子を託して教育してもらう者は小林(小林虎三郎)のみである」と、二人の名前に共通していた「トラ」を引用し「象門の二虎」と褒められている。
· 1851年(嘉永4年)、東北地方へ遊学する際、通行手形の発行が遅れたため、肥後藩の友人である宮部鼎蔵らとの約束を守る為に通行手形無しで他藩に赴くという脱藩行為を行う。この東北遊学では、水戸で会沢正志斎、会津で日新館の見学を始め、東北の鉱山の様子等を見学。秋田藩では相馬大作事件の真相を地区住民に尋ね、津軽藩では津軽海峡を通行するという外国船を見学しようとした。
· 1852年(嘉永5年)、脱藩の罪で士籍家禄を奪われ杉家の育(はごくみ)となる。
· 1853年(嘉永6年)、米国のペリー艦隊の来航を見ており、外国留学の意志を固め、同じ長州藩出身の金子重輔と長崎に寄港していたプチャーチンのロシア軍艦に乗り込もうとするが、ヨーロッパで勃発したクリミア戦争にイギリスが参戦した事から同艦が予定を繰り上げて出航した為に失敗。
· 1854年(安政元年)、ペリーが日米和親条約締結の為に再航した際には金子と二人で停泊中のポーハタン号へ赴き、乗船して密航を訴えるが拒否された。事が敗れた後、松陰はそのことを直ちに幕府に自首し、長州藩へ檻送され野山獄に幽囚される。獄中で密航の動機とその思想的背景を『幽囚録』に著す。
· 1855年(安政2年)、生家で預かりの身となるが、家族の薦めにより講義を行う。その後、叔父の玉木文之進が開いていた私塾松下村塾を引き受けて主宰者となり、木戸孝允、高杉晋作を初め久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、前原一誠等維新の指導者となる人材を教える。
· 1858年(安政5年)、幕府が勅許なく日米修好通商条約を結ぶと松陰は激しくこれを非難、老中の間部詮勝の暗殺を企てた。長州藩は警戒して再び松陰を投獄した。
· 1859年(安政6年)、幕府は安政の大獄により長州藩に松陰の江戸送致を命令する。松陰は老中暗殺計画を自供して自らの思想を語り、同年、江戸伝馬町の獄において斬首刑に処される、享年30(満29歳没)。獄中にて遺書として門弟達に向けて『留魂録』を書き残す。その冒頭に記された辞世は“身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂”。また、家族宛には『永訣書』を残しており、こちらに記された“親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん”も辞世として知られている。

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開設日
2010年1月6日

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カテゴリ
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