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落合芳幾

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詳細 2013年5月31日 14:10更新

東京日々新聞錦絵開板予告より抜粋。
『…名誉は轟し国芳翁が門弟中の、一澪慄Т大人は多端により、壬申巳来揮毫を断ち、妙手を廃しを惜みしに、中絶にて採出したれば、先生自ら拙劣しと謙遜して言えど、中々に住昔に弥増す巧の丹青、写真に逼る花走の、新図を穿ち旧弊を洗うて、日毎に組換る鉛版器機の運転より、神速を競うて昨日の椿事を、今日発足する日々新聞…』


かの歌川国芳門下で、“最後の浮世絵師・月岡芳年”の兄弟子であり、芳年との競作である「英名二十八衆句」が人気を博して、幕末では芳年と人気を二分するほどで共に「国芳門下の二秀才」と称され、文久元年出版の「浮世絵番付」では東の大関に列せられた。
しかして明治初期からは新聞事業に傾向し、東京最初の日刊紙「東京日日新聞(後の毎日新聞)」を仲間と共に立ち上げ、自ら筆を振るって新聞錦絵の先駆けとなり、この分野では芳年を凌駕する新聞錦絵の傑作を残している。
近年では消えた浮世絵師であるが、もしこれ以上新聞事業に傾注せずに絵を描き続けていれば、今でも芳年に引けを取らない人気絵師になっていたかもしれない。が、才能を眠らしたまま事業に傾向してゆくのもまた芳幾であり、新聞から退いた後は不遇で悲境に泣くのも芳幾なのである。

歌川国芳による落合芳幾の評価
「芳幾は器用に任せて絵をスラスラと描くから、絵に活気がない。芳年は不器用だが絵が生き生きしてゐる。芳幾に芳年の半分熱があったら、今の浮世絵師中で其右に出るものはなかったろう」

※以上、『新聞錦絵の世界』より部分抜粋。

温厚磊落で常住坐臥洒落飛ばして居た、芳幾の人柄と作品、そして「新聞錦絵」という浮世絵の中でも特異な地位を占める一つのジャンルをただ単に楽しむ。と同時に改めて見つめ直してみる。というコミュニティーです。

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参加メンバー 10人

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開設日
2009年11月18日

2623日間運営

カテゴリ
アート
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