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フランツ・ブロシェク

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詳細 2016年9月8日 12:17更新

フランツ・ブロシェク(Franz Broschek,1919-2008)
ウィーン・フィルの打楽器奏者。
ニューイヤーコンサートでは、彼の工夫を凝らした観客を楽しませるパフォーマンスが名物であり、楽団の「宮廷俳優」と讃えられた。

ブロシェクのパフォーマンスに惚れた方、ボスコフスキー時代のニューイヤーが好きな方、ウィーン・フィルが好きな方、シュトラウスファミリーが好きな方、どうぞご参加ください。

【主なパフォーマンス】
(現在執筆中)

【バイオグラフィー】
フランツ・ブロシェクは1919年12月14日に、ザルツブルクで生まれる。父はザルツブルク・モーツァルテウム・オーケストラの楽団員であるアルビン・ブロシェク。父がティンパニ・パーカッションを教える学校(モーツァルテウム)にて、彼は幼い頃からピアノと音楽理論を学んだ。ウィーン・フィルのメンバーであるアーサー・シューリヒとウィーンで1年間研鑽した後、彼が19才のときザルツブルクに戻り、モーツァルテウム・オーケストラのティンパニ奏者となった。若くしてプロの音楽活動を始めた彼だったが、そのことが後のさらなる活躍に影響したわけではない。1940年1月1日、彼はドイツ軍に徴兵され、第3山岳師団の団員として何度も軍事活動に参加し、それにより2度負傷した。音楽活動の中断を埋め合わせるために、ウィーン国立歌劇場管弦楽団/オーケストラ・フォルクスオーパー・ウィーンのオーディションで成功する1945年10月まで、ブロシェクは勤勉に勤勉を重ねた。1951年1月、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の団員となり、同年12月、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の団員となる。はじめは打楽器奏者として、後にティンパニ奏者として、1984年9月1日に引退するまで、ウィーン・フィルで活躍した。

プロフェッサーの称号、オーストリア共和国栄誉銀メダル、ザルツブルク市貢献の金メダル、ウィーン・フィルのオーナリー・リングの授与など、フランツ・ブロシェクの功績は、ウィーン・フィルの最も有名なコンサートイベントと切っても切れない関係にある。ニューイヤーコンサートでは、シュトラウスファミリーの音楽の持つユーモアとエスプリを増大させるギャグの中心に彼は長年立ち続けた。そしてその才能で彼は、1959年に始まったテレビ放送の人気を高めることに大いに貢献した。

2008年3月1日、重病のため88才で亡くなった。

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開設日
2009年5月24日

2986日間運営

カテゴリ
音楽
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