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千葉すず

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詳細 2017年4月18日 13:20更新

元水泳選手千葉すずさんのコミュニティです。


・経歴(Wikipediaより引用)
5歳から競泳を始め、小学校5年生の時、400m自由形で日本学童新記録を樹立し、一躍脚光を浴びる。近畿大学附属中学入学と同時に名門大阪イトマンスイミングスクールへ。日本選手権で3冠を達成するなど、国内では無敵を誇り、1991年世界選手権(豪パース)400m自由形で3位に入り銅メダルを獲得。

1992年バルセロナオリンピックでは、200m自由形6位入賞、メドレーリレー7位入賞、400m自由形8位入賞、100m自由形9位だった。それから3年後、1995年アトランタで開催されたパンパシフィック水泳選手権で200m自由形で金メダルを獲得し、翌1996年アトランタオリンピックの有力優勝候補と目された。

しかしアトランタオリンピック本番では個人決勝種目で決勝レースに進めず、200m自由形10位、400m自由形13位、さらにメドレーリレーでも予選落ちと、バルセロナ五輪よりもさらに下回ってしまう。800mフリーリレーでアンカーを務めたが、4位入賞と惜しくもメダル獲得はならなかった。7月26日のテレビ朝日『ニュースステーション』でキャスターの久米宏の衛星中継を通じたインタビューに「オリンピックは楽しむつもりで出た」「そんなにメダルというなら自分でやればいいじゃないか」「日本の人はメダルキチガイだ」という趣旨の発言をして論議を呼んだ[1]。

この発言についてはのちに、スイミングマガジン誌の編集後記には、どんなに好記録を上げてもほとんど取り上げてくれないのにオリンピックになると期待や批判をするマスコミの姿勢に対してのものであったことが判明したが、このことが一般には知られなかったため、2004年の『Number』誌で夫の山本貴司に対して「やっぱりメダルを取ってほしい」との発言には批判も寄せられた。

その後一旦引退するが1999年復帰。第76回日本選手権では100m・200m自由形でそれぞれ当時の日本新記録を達成し復活する。カナダを拠点に練習を積み、翌2000年シドニーオリンピックの競泳日本代表選考を兼ねた第76回日本選手権に出場。日本水連が代表選考の条件の一つとしていた、国際水泳連盟(FINA)が指定する五輪A標準記録2分0秒54を突破して200m自由形で優勝した。にも関わらず、シドニー五輪代表には選出されなかった。千葉はこれを不服として、スポーツ関連問題を一括して取り扱う国際機関「スポーツ仲裁裁判所」(CAS 本部:スイス・ローザンヌ)へ提訴した。裁定では、日本水泳連盟側にも選考基準の曖昧さがあったことを認め、訴訟費用の一部負担を言い渡した。千葉の訴えは全面的には認められず、この判定では納得できず、不完全燃焼の感を残しつつ引退。

2002年、イトマンスイミングスクール時代からの知り合いでカナダ時代の練習仲間、山本貴司と結婚。2004年11月22日、夫とともに「パートナー・オブ・ザ・イヤー2004」を受賞した。2005年7月、第一子となる長男を出産、2007年2月には第二子となる長女を出産。現在はスポーツ推進会社ヴィクトリーベルに参画している。

・日本記録
距離 タイム 大会名
100m(高校記録) 55.56 1993年日本選手権
200m(高校記録) 1.59.56 1993年パンパシフィック選手権
200m(中学記録) 2.00.58 1991年パース世界選手権
400m(中学記録) 4.11.44 1991年パース世界選手権

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2009年5月19日

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