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香川真司∞乾貴士

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詳細 2016年10月22日 19:23更新

08年後半戦から、かつてのセレッソの大先輩コンビを髣髴とさせる2人のコンビネーションで奪った数々のゴールには大いに湧かせてくれました!
これからもこの2人のわくわくさせられるサッカーを見たい!
4年後のブラジルW杯で是非とも2人の息の合ったコンビネーションを披露してほしい!!
というか、もう一度同じピッチで暴れまわって私たちを魅了してほしい・・・!

というか、


乾 を 代 表 に 呼 ん で 真 司 と 並 べ ろ や !

そ し て も っ と 長 い 時 間 2 人 を 使 え !


・・・と強く願うサッカーファンの為のコミュニティです。

彼らを語る上で外せない動画。
http://www.youtube.com/watch?v=L3SmOxNP_Oc&feature=related
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5812964
http://www.youtube.com/watch?v=NPmXLlzylts&feature=youtube_gdata_player

●香川真司
神戸NKサッカークラブ、FCみやぎバルセロナジュニアユース、FCみやぎバルセロナユースを経て、2006年セレッソ大阪に入団(このとき、宮城県黒川高校から大阪府ウィザス高校に転校)。高校卒業前の選手がプロ契約を結ぶのは、Jクラブのユース所属選手がトップチームに昇格した場合を除くと史上初だった。この年はクラブでの試合出場こそなかったが、U-17日本代表に選ばれ、サニックス杯国際ユースサッカー大会に数試合出場している。

2007年J2で迎えたシーズン中盤からは、レヴィー・クルピ新監督によって見出されてレギュラーを獲得し、リーグ戦35試合に出場した。また、カナダで開催されたFIFA U-20ワールドカップ日本代表にも飛び級で選出され、2試合に出場した。

2008年シーズンは、開幕からC大阪の主力として活躍し、本来の世代であるU-19代表のほか、U-23の北京五輪代表にも飛び級で選出。さらには平成生まれとしては初めてA代表にも選出され、10月4日の対UAE戦ではA代表初ゴールを挙げたが、その過密日程により、夏場以降徐々にパフォーマンスが低下した。代表日程を消化し、調子を取り戻した秋以降は、出場12試合で12得点を挙げる活躍を見せた。

2009年シーズンから背番号を森島寛晃が長年着けてきた「8」へ変更。第15節水戸戦でプロ入り初のハットトリックを達成。その後も4試合連続ゴールを記録するなど得点を重ねる。シーズン終盤は怪我の影響で主にスーパーサブとしての出場だったがリーグ戦27得点を挙げ、J2得点王に輝く。10月にはエールディヴィジのVVVフェンローから獲得のオファーがあったことが発表され、シーズン終了後に当該チームの施設見学などをしたが、最終的には残留を決意し、C大阪と2010年シーズンの契約を結んだ。

2010年(平成22年)7月1日、育成補償金35万ユーロ(約4000万円)でブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムントに完全移籍。
8月5日に行われたプレシーズンマッチ、マンチェスター・シティ戦では、開始早々先制点となるPKを獲得し、後半にも決勝点となるゴールを挙げるなど、移籍後初となるホームでの試合で華々しくデビューを飾った。
8月20日に行われた、欧州移籍後初の国際試合となるUEFAヨーロッパリーグプレーオフ1stレグでのFKカラバフ戦で2ゴールを挙げ、公式戦初ゴールを記録した。
同日にはドイツリーグ協会から注目すべきアジア選手の一人として特集されるなど、香川のドイツでの評価は急速に高まった。

2011年1月のアジアカップでの負傷により、ドルトムントの9シーズンぶりのリーグ優勝の瞬間をピッチで迎えることはできなかった。それでも、5月14日の最終節アイントラハト・フランクフルト戦で、サポーターのカガワコールに迎えられ、約4カ月ぶりの実戦復帰を果たした。後半戦はこの1試合の出場に留まったものの、シーズン終了後にキッカー誌が選定したブンデスリーガの年間ベストイレブンに名を連ねた

2011-12シーズン初戦となったシャルケ04とのDFBスーパーカップでは怪我からの順調な回復ぶりを見せフル出場するも、チームはPK戦の末敗れタイトルを逃す。第6節のハノーファー戦で怪我から復帰後初のリーグ戦でのゴールを決めたが、10月に入ると不振が続き、2試合連続で出場機会を失うこともあったが、徐々に調子を取り戻し、11月5日の第12節ヴォルフスブルク戦では、1ゴール2アシストの活躍を見せた。第13節バイエルン・ミュンヘン戦ではマリオ・ゲッツェの決勝点をアシスト。一方、初の挑戦となったUEFAチャンピオンズリーグでは11月23日のアーセナル戦でCL初得点を挙げるも、チームはグループ最下位で敗退した。2012年1月28日の第19節ホッフェンハイム戦では2ゴールを決めた。1月はこの試合を含めて2試合で2ゴール1アシストを記録。この活躍が評価されキッカー誌の欧州月間ベストイレブンに選ばれた。その後も好調を維持し、ESM(European Sports Magazines、欧州スポーツ雑誌協会)による2月、3月、4月度の欧州月間ベストイレブンに選出された。第27節1.FCケルン戦では2ゴール1アシストの活躍で得点を2桁にのせた。リーグ優勝に王手をかけた第32節ボルシアMG戦では試合を決定づける2得点目を挙げチームのリーグ連覇に貢献した。5月12日に行われたバイエルンとのDFBポカール決勝では1ゴール1アシストを記録。香川の活躍もありチームは5-2で圧勝、クラブ史上初となる国内2冠を達成し2011-12シーズンを締めくくった。この活躍で香川はビルト誌が選ぶブンデスリーガのベストイレブンに選出され、さらに欧州主要15メディア加盟の「ヨーロピアン・スポーツ・メディア(ESM)」が選ぶ年間ベストイレブンにも選出された。

2012年6月5日、イングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドFCへの完全移籍の合意が両クラブから発表され、同月22日にメディカルチェックをパス、労働許可書を取得し、正式契約を結んだ。契約は2012年7月1日からの4年間。背番号はセレッソ時代にも着用していた26番に決まった。

所属:
2001年 - 2003年 FCみやぎバルセロナジュニアユース
2004年 - 2005年 FCみやぎバルセロナユース
2006年 - 2010年6月 セレッソ大阪
2010年7月 - 2012年6月 ボルシア・ドルトムント
2012年7月 - 現在 マンチェスター・ユナイテッド

経歴:
Jリーグ初出場 - 2007年4月7日 J2 第7節 対サガン鳥栖戦(長居第2陸上競技場)
Jリーグ初得点 - 2007年5月23日 J2 第17節 対水戸ホーリーホック(笠松陸上競技場)
A代表初出場 - 2008年5月24日 キリンカップサッカー2008 対コートジボワール戦(豊田スタジアム)
A代表初得点 - 2008年10月9日 キリンチャレンジカップ 対UAE戦(東北電力ビッグスワンスタジアム)

代表歴:
2005年
U-18代表 AFCユース選手権2006予選 - 出場なし
2006年
U-19代表 AFCユース選手権2006 - 2試合0ゴール
2007年
U-20代表 FIFA U-20ワールドカップ2007 - 2試合0ゴール
2008年
北京五輪日本代表 北京五輪 - 3試合0ゴール
2008年日本代表に選出され、5月24日のキリンカップ、対コートジボワール戦で国際Aマッチデビュー
同年10月9日のキリンチャレンジカップ、対UAE戦で史上3番目の若さで代表初ゴールを挙げる。


●乾貴士
中学生時代にセゾンフットボールクラブに所属し、全国中学生大会に出場を果たす。

2004年、セゾンFC時代に指導を受けた岩谷コーチのいる滋賀県立野洲高等学校に進学し、サッカー部に入部。2年生で左ウイングのレギュラーをつかみ、青木孝太(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)らとともに、2005年度の第84回全国高等学校サッカー選手権大会で野洲高校の代名詞となったプレースタイル「セクシーフットボール」で全国制覇に貢献した。

2006年は高校生ながら、飛び級でU-21日本代表に選出されて2試合に途中出場を果たし、プロのスカウトの注目を集めた。連覇を目指した選手権大会では、直前にスパイクを盗まれる事件に巻き込まれながらも[1]2得点を挙げた。ただ、チームは3回戦敗退を喫した。

2007年に横浜F・マリノスへ入団し、そのシーズンの第2節・対横浜FC戦でプロデビューを果たしたものの、以降は横浜FMの厚い選手層に阻まれ、なかなか出場機会を得られなかった。

2008年6月からセレッソ大阪へ期限付き移籍。セレッソ移籍後は香川真司と抜群に息の合ったプレーを披露。チームはJ1昇格はならなかったが、シーズン終了後に活躍を認められセレッソ大阪に完全移籍。

2009年1月20日、アジアカップ・カタール大会の予選、イエメン戦で金崎夢生とともにA代表デビュー。
同年5月23日、J2第17節アビスパ福岡戦にて4得点(ハットトリック)を決める活躍を見せ、さらにチームの J1昇格がかかった2009年11月8日のザスパ草津戦で今季2度目となる1試合4得点を決める大活躍でチームの4年ぶりのJ1昇格に大いに貢献した。

2010年3月2日に入籍。同年7月8日に第一子誕生。

2011年8月1日にドイツ2部のVfLボーフムに完全移籍。8月12日のザンクトパウリ戦にトップ下で先発出場。11年8月から14年6月末までの3年契約で、ボーフム側に1年の延長オプション付き。代理人は長谷部誠、香川真司らと同じトーマス・クロート。8月12日のFCザンクトパウリ戦にトップ下で先発出場。以後レギュラーに定着し、リーグ戦30試合に出場し、チームトップの7得点を記録するもチームは低迷し、1部昇格を逃した。

2012年6月25日、ドイツ1部に昇格するアイントラハト・フランクフルトへの完全移籍の合意が、両チームから公式発表された。

所属:
1995年 - 2004年 セゾンフットボールクラブ
2004年 - 2006年 滋賀県立野洲高等学校
2007年 - 2008年6月 横浜F・マリノス
2008年 - 2011年7月 セレッソ大阪 (※2008年はレンタル移籍)
2011年8月 - 2012年6月 vjLボーフム
2012年7月 - 現在 アイントラハト・フランクフルト

経歴:
Jリーグ初出場 - 2007年3月10日 J1 第2節 対横浜FC戦(三ツ沢球技場)
Jリーグ初得点 - 2008年7月9日 J2 第25節 対モンテディオ山形戦(NDソフトスタジアム山形)
日本代表初出場 - 2009年1月20日 アジアカップ・カタール大会予選 対イエメン戦(熊本県民総合運動公園陸上競技場)


※ウィキペディアより抜粋、管理人により加筆

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2009年2月5日

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