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P-40 Warhawk

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コミュ内全体

詳細 2017年1月26日 12:01更新

単に頑丈な凡作と評価されていますが、これこそ真の傑作戦闘機といえます。

地中海戦線に於いて、P-40は最大の撃墜戦果を挙げている。
43年4月18日、57、324戦闘航空群の46機のP-40と上空援護のスピットファイア12機はJu52と護衛戦闘機の90機以上と交戦し、大空戦になった。P-40は6機、スピットファイアは1機が失われたが、合計で76機を撃墜した。内P-40隊は14機のBf109、56.5機のJu52、2機のBf110を撃墜した。これは「揶子の日曜日の虐殺」と報じられた。

ドイツ側は65機のJu52と12機のBf109Gで80機以上の連合軍と交戦したとされている。24機のJu52が撃墜され、35機が不時着、Bf109も8機が失われた。双発機は参加しておらず誤認したものと思われる。

P-40は敵機の撃墜数のみならず、地上においてどれだけの兵隊をミンチにし、どれほどの車両をスクラップにしたのか語られる事が全くない…

状況によってはアメリカ、イギリス、連邦国のP-40は性能的に格上である枢軸国の戦闘機に対して、完全勝利をしたことが多々ある。

ソ連にもP-40は多数提供され数多くのエースが生まれた。P-40の評価は非常に高く、P-39に次ぐレンドリース戦闘機であったとされている。資料により数字は異なるもののトマホーク247機、ウォホーク1887機、2134総計機を受け取ったとソ連は認めている。

長い航続距離(欧州戦闘機と比較して)、強武装、旋回性能、降下速度の速さが評価されている。特徴を活かして戦闘爆撃機として活用された。

ソ連パイロットはトマホークに対してI-16、ハリケーン、LaGG-3より優れ、Yak-1、Bf-109F/Gより劣ると評価している。
驚く事に体当たりを二度行っても生還できる機体とされている。

42年4/25までの戦闘で126戦闘機連隊はトマホークを用いて29機を撃墜し、4機と2名を失ったとしている。
またP-40Eを装備した5月-9月の戦いで126戦闘機連隊は36機を撃墜、13機と7名を失い、5名が負傷している。
アフリカ戦線においては英空軍のキティホークが高度性能に悩まされながらもドイツ空軍やイタリア空軍と死闘を繰り広げた。同方面でキティは420機以上の撃墜を記録し、特に鮫口を描いた第112戦闘飛行隊は80機以上撃墜している。

太平洋、中国・ビルマ・インド戦線で戦闘爆撃は勿論の事、戦闘機としても無視のできない活躍をしている。
一方、比島や植民地地帯のP-40は奇襲に近く、しかも用意周到な攻撃と実戦経験の差により大損害を負っている。しかし、在地における破壊が大半を占め有効な活躍ができなかったのが真実である。
この時敗北した姿が日本人の一般的なP-40の評価といえる。

しかし、態勢を建て直してからは開戦から3ヶ月程度で「(自称)世界最強」を唱える零戦に対して、オーストラリア空軍(以下RAAF)と米陸軍航空隊(以下USAAF)が手痛い損害を与えている。

RAAFの第75飛行隊は42年3/21-5/3の44日間、モレスビーにおける迎撃、ラエ飛行場襲撃、爆撃機護衛などを行い台南空の零戦や四空の陸攻と交戦している。

この間実質彼らのみでモレスビーを防衛することになり、受領した31機の内12機を空戦で失い、3機が地上で破壊され、6機が事故で失われる激戦ぶりであった。

戦果は撃墜18機、不確実撃墜4機、損傷29機、地上における破壊もしくは損傷35機という戦果を非常に苦しい中で挙げており、空戦で失ったのは13機である。

日本側の零戦5機、一式陸攻2機を確実に撃墜している。同時期日本側はP-40以外にスピットファイアやハリケーンと交戦、撃墜したとしているが実態は誤認であり、全てキティーホークである。

オーストラリア空軍の他にB-17やA-24も飛行場攻撃に参加しているとはいえ、日本側の地上における破壊もしくは損傷をさせられた機体数は非常に多く(50機以上)、いかに彼らが奮闘したのかを思い知らされる。第75飛行隊の出現によりこの方面の流れが変わり始めた。

ところが75飛行隊の活躍は日本では報じられる機会はほとんどない。
再編後も75飛行隊のキティホークは活躍している。

8月4日、76飛行隊のキティ7機は日本機編隊と交戦、零戦と九九式艦爆を各1機撃墜を報じた。台南空は九八式陸偵を1機失った。
11日、75、76飛行隊の22機は12機の零戦と交戦し、確実撃墜4機と不確実撃墜1機の戦果を挙げたが4機を失った。
台南の報告では6機の零戦がP-40約25機と交戦、9機(不確実2機)撃墜したが、各1機不時着と被弾した。

24日、台南空は7機(不確実2機)、75、76の両飛行隊は2機不確実と7機損傷を報じたが、双方かすり傷もなかった。

27日、キティホーク6機はミルン湾上空で1機の喪失と引き換えに零戦2機、九九式艦爆4機を撃墜している。
日本側は同空域で台南空の零戦4機と九九式艦爆2機を失ってる。零戦は対空砲に射たれたものもあったが、75飛行隊が活躍したのはいうまでもない。

ダーウィンで42年11月と43年1月に753空の陸攻各1機を撃墜し、日豪の戦果と損害は合致。

43年6月3日、78飛行隊は12機の一式戦と3機の九七式艦攻と交戦した。1機のキティと引き換えに前者を7機、後者を2機撃墜を報じた。
陸軍の第24戦隊の一式戦15機はP-40と交戦、2機を撃墜したが、3機を失い、1機が不時着している。少なくとも202空の2機の零戦がP-40との空戦で失われた。
6月10日、78飛行隊はRAAFのキティ最後の戦果として三式戦(503空の艦爆彗星と思われる)を撃墜した。

他にUSAAFの第49戦闘航空群のP-40は少なくない損害と誤認ながら多数の実戦果を挙げている。42年3/14-8/23豪北において、台南空よりベテランが多く強力と言われている三空の零戦と高雄空の一式陸攻と対戦した。

空戦による損害のみ簡単に取り上げてみた。
3月14日ホーン島上空、49戦闘航空群のP-40は9機で4空の零戦12機と陸攻8機と交戦。1機を喪失、1機が被弾後体当りし翼端を失い、他2機被弾、日本側は零戦2機が自爆した。アメリカは零戦4機と陸攻1機撃墜、日本は8機撃墜報告。

4月4日ダーウィン上空、米軍は14機で零戦と陸攻各6機と交戦。米軍は零戦2機と陸攻7機撃墜、日本側は4機撃墜を報告。アメリカは2機被弾後味方の対空砲に撃墜され、日本は陸攻3機落とされた。

4月25日、米軍は50機で零戦15機、陸攻24機と交戦した。2機が被弾後着陸し帰還、日本は零戦1機と陸攻4機を撃墜され、陸攻は更に2機が不時着全損。米軍は零戦2機と陸攻10機撃墜報告、日本は撃墜9機を報告。

4月27日、米軍は25機で零戦21機と陸攻16機と攻撃。P-40を4機喪失と数機損傷し、日本は陸攻1機撃墜された。アメリカは零戦4機と陸攻3機撃墜を主張、日本は撃墜19機を報告。

6-7月の5回の戦いで、米軍はP-40を10機失い、日本海軍は零戦3機を失った。米軍は零戦17機、陸攻5機撃墜、日本は61機撃墜を主張。

8月23日、米軍は16機で零戦と陸攻各27機と交戦。P-40は1機が追撃が長すぎて燃料切れで不時着水した以外にの損害なし、日本は零戦4機と陸攻1機撃墜され、陸攻1機が着陸時全損、1機片肺帰還。アメリカは零戦8機と陸攻7機撃墜報告、日本側は13機撃墜主張。
実戦経験の差がありながらも空戦で70機以上撃墜を報じ、16機喪失、多数機が被弾している。

対して、日本側の零戦隊はこの間に130機以上の撃墜を報告しており、常にP-40に対して圧倒的な強味を発揮していたとされている…
零戦10(12機説もあり)機喪失、一式陸攻10機喪失、全損3機、損傷多数、九八式陸偵1機喪失。合計で24機を空戦で失っている。

日本側は乗員の多い陸攻を多数撃墜され、P-40の死者は5名に過ぎず人的被害は比較にならない程違う。

ダーウィン上空の第49戦闘航空群との戦いは全く知られていない。F4Fが零戦の無敵伝説を打ち破ったとされているが、実際にはP-40こそ伝説を瓦解させていたのが理解できよう。

フライングタイガースは戦果誤認多数とされているが実際に勝利している。三空は誤認率を凌いでおり、負けてもいる。
他にもP-40はガダルカナル戦、ビスマルク海の戦い、ニューギニア戦、船舶攻撃における活躍など挙げたらきりがないほどの戦績を残している。

特に第18戦闘航空群所属の第44戦闘飛行隊はP-38に入れ換えられるまでの11ヶ月の間(43年1月ー11月)に同時期のP-40飛行隊として最多の117.5機の確実撃墜を達成したとされている。喪失した機体は不時着や落下傘降下を含んで約20機である。

実戦果として撃墜した数は他の部隊のP-38、F4Fと関与していた機会が多く正確な数は不明である。しかし、他の部隊が損害を出しつつも第44戦闘飛行隊はあまり損害を出していない。
第44戦闘飛行隊が関与した戦いで日本は多くの零戦、一式戦、九九式艦爆、一式陸攻、九九式軽爆などを撃墜されている。

「P-39(実際にはP−40)、P-38は技量も相当なもので、戦意も強いように見受けられた。敵の編隊戦闘が巧妙になったので、その対策が必要である」と海軍は第44戦闘飛行隊を評している。この時点で手に負えない存在である。
前述の第49戦闘航空群の時より損害が増え、日本側の評価が変化しているのも興味深い。

USAAFのパイロットはP-40の性能自体は問題なかったが、航続距離不足からP-38に変更するのはやむを得ないと評している。
残念ながら本邦でF4Fに関する翻訳本は多いものの、P-40に関する本は大変少ないため知られていない事実である。
最大の良書が15年前の『世界の傑作機 カーチスP-40ウォホーク』はあまりにも悲しい…

初期の植民地軍の戦いを除いて、零戦は42年の時点に於いてもP-40に大苦戦(この時点で負けているが)、43年以降は完全に負けているのが確認できる。一式戦や九七戦に関しては大陸戦線にて終始大苦戦している。フライングタイガースは戦果報道が派手で有名だが、現実に撃墜比率においては優勢な日本軍相手に勝利している。

これを率いたのがクレア・シェンノートン将軍である。彼は開戦前より日本機の特徴を掴んでおり、三機編隊を二機編隊に転換、一撃離脱の徹底と格闘戦闘の禁止など後の対日戦訓に通じているものが多い。更に来襲を早期警戒して優位な位置から攻撃をしかけるようにしている。

アリューシャン列島

クレア・シェンノートンの息子であるジョン・シェンノートン少佐が第343戦闘航空群の指揮官になっている。
6月3日、第11戦闘飛行隊は巡洋艦「高雄」の九五式水偵を1撃墜し、もう1機は被弾が酷いため、帰還後廃棄された。
6月4日、ウムナック上空でP-40は2機を失ったものの、九九式艦爆を3機と零戦1機を撃墜。日本側は艦爆を4機喪失、数機被弾し、零戦と艦爆で6機撃墜を記録。

この戦いをクレアが知り、息子のいた部隊に「アリューシャンタイガース」と名付け、後日機首にベンガル虎が描かれた。

9月25日、第11飛行隊のジョン少佐はカナダ空軍のキティホークと共に二式水戦2機撃墜し、1機被弾。海軍は1機空戦で喪失し1機撃墜を報告。
43年2月18日、第18戦闘飛行隊は二式水戦2機撃墜、452空はエースであった佐々木義一飛曹を含む2機を落とされ合致している。
日米両軍にとっては空戦よりも悪天候と事故が最大の敵であった。

オーストラリア、ニュージーランドなど連邦国にも使用され多数エースを輩出している。

日本側の戦記などを読んでいるとP-40は弱い(特に海軍関係者の記述に多い)と記述されているが、実際に撃墜された数は少ない。

P-38、F4Fの時もそうだったが、鴨にされたのは日本戦闘機だったのが事実である。少なくとも日本戦闘機と比較して凡作、駄作と言われる筋合いはない。

世界大戦のため急造された戦闘機であるにも関わらず、世界中の戦線に投入されこれだけの戦果を挙げた戦闘機が果たして存在するか?

記録により数字は異なるが、撃墜数を簡単に挙げてもかなりの数になる。

USAAFの撃墜数、地中海戦線592機、太平洋戦線655機、大陸戦線機973機以上、英軍及び連邦国570機以上、ソ連100機以上。総計2920機以上!
F4Fが日本機に対して多くの戦果を挙げてきたのが認知されてきたのと同様に、P-40の活躍も知られて欲しい…

P-40はシャークマウスが似合うだけの戦闘機ではない。軍馬そして知られざる真の戦士といえる戦闘機に魅力を感じた方は当コミュニティに参加願う。

ちなみに鷲はこの戦闘機大好きです^^       
最終更新
11年2月14日

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2008年11月22日

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