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同志社大学クリスマスツリー

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コミュ内全体

詳細 2014年5月14日 20:49更新

同志社大学のクリスマスツリーについて語りあうコミュニティーです。
コミュニティーを立ち上げるにあたって、こんなクイズを作成してみました。
これで、あなたも同志社大学クリスマスツリーの物知り博士になれるかもしれませんよ。
お試しください。これは、かつてミクシィに書いた日記の本文です。

同志社大学のクリスマスツリーについてのクイズです。
さて、あなたは何問解けるでしょうか。
ツリーの点灯しているうちに、友達に話してちょっと自慢してみてはいかがでしょうか。

(1)同志社大学のクリスマスツリーは、西暦何年に始まったか。
1)1875年
2)1951年
3)1971年
4)2000年

(2)ツリーの木の種類はなにか。
1)モミの木
2)カラマツ
3)クロマツ
4)ヒマラヤ杉

(3)ツリーの木は何科に属す木か。
1)松
2)杉
3)樅(もみ)
4)銀杏

(4)ツリーの木は、誰が何のために植えたのか。
1)新島襄の弟子が、洗礼を受けて25周年の記念に植えた。
2)ハリスが理化学館の完成披露のために植えた。
3)徳富蘇峰が、彰栄館の竣工記念に植えた。
4)新島襄が同志社英学校の創立記念に植えた。

(5)ツリーの高さはどれぐらいか。
1)20メートル
2)22メートル
3)23メートル
4)25メートル

(6)ツリーの電球はおおよそ何個か。
1)1781個
2)4962個
3)8616個
4)10235個
(2006年)

(7)ツリーのデコレーションはなぜパラソルチョコのようなかたちをしているのか。
1)デザインを考えた人がパラソルチョコが好きだったから。
2)アメリカにあったよく似たツリーを参考にしたため。
3)木の枝を痛めないように負荷を分散させるため。
4)神の祝福を多くの人が受けられるようにするため。

(8)同志社大学のツリーの発案者は誰か。
1)新島襄
2)徳富蘇峰
3)八田英二
4)もんざえもん









正解
(1) 4)
(2) 4)
(3) 1)
(4) 1)
(5) 3)
(6) 3)
(7) 3)
(8) 4)

さて、みなさんは何問正解されましたか。








正解のおまけに、このツリーの誕生秘話をお話ししましょう。
【誕生秘話 もんざえもんのホームページから転載】
今出川キャンパスには、毎年クリスマスツリーが点灯される。2000年に点灯して以来、今では、すっかり恒例の行事として学内外に定着している。学生さんによっては、昔からクリスマスツリーはあったのだと思っている人も多いようだ。そこで、このツリーが誕生するに至った経緯を少し述べてみたい。

それは、2000年度大学広報委員会編集分科会の議論から始まった。当時、わたしがたまたま幹事を引き受けていたので、同志社大学の広報活動のひとつとしてクリスマスツリーを作ろうと提案した。話題になれば、それだけで広報になると。

その頃、京田辺にささやかなツリーが作られていた。なぜ、今出川キャンパスにクリスマスツリーがないのか、キリスト教主義を謳う同志社大学にないのは不思議なことである。私案に対して、編集分科会の委員の先生方からも賛同の声が上がり、当時、広報課職員であったHさんが奔走し、事務レベルで折衝を重ねてくれた。

わたしのゼミの学生にも声をかけた。「今出川キャンパスにクリスマスツリーを」という声をあげよう。そこで、彼らに呼びかけて、サイバー学長室に学生の生の声を届けようということになった。1人や2人の声ではなく、多くの学生が期待していることを伝えようということになり、わがゼミのTさんが呼びかけて、メールを送った。学生たちの声は十分に伝わったようである。

しばらくして、Hさんから、正式に制作が決まり、予算の手当がつくことも知らされた。教員、職員、学生の要望がひとつにまとまった結果である。もはや、ツリーの制作は、みなの夢でもあった。

「なぜ今出川にクリスマスツリーがないのか」というわたしの素朴な疑問から、すべては始まった。まさかこんなかたちで、わずか半年で、とんとん拍子にことが進んでいくとは思ってもみなかった。当時の施設部長がはりきって、デザイン案を検討し、クリスマスツリーのかたちができあがった。わたしのイメージとは少し違っていたが、そこまで気持ちをこめて取り組んでくれたことが何よりうれしいことだった。

西門前のヒマラヤ杉をツリーにすることは当初から決めていた。制作にあたり、職員の皆さんが調べて下さった結果、当時、伊勢丹のツリーが京都一高いツリーであり、22メートルであることが判明した。わがツリーの方が微妙に高いことが判明した。そこで、ヒマラヤ杉に星の電飾を頂上につけてみると、それを明らかに凌いだ。こうして、みなの創意工夫が盛り込まれた京都一高いツリーが誕生した。

今年も、巨大なクリスマスツリーが、学生さんが行き交う今出川キャンパスに浮かび上がることだろう。同志社大学という大きなツリーに綺羅星のごとく多くの学ぶものがつながっていってくれることを念願している。その輝きが色あせることなく、より素敵な煌めきを放ってくれることを祈る。

(時々、教員、職員、学生さんらから、「今出川のクリスマスツリーを知っていますか」と言われる。さりげなく、「ええ、きれいですね」と答える)

なお、ツリーがパラソル型をしているのは、ヒマラヤ杉の枝に負荷ができるだけかからないように、すそのリングと頂上を結んでつるすようなかたちにしている。いわば、自然との共生を目指して作られたツリーとも言える。この木が枯れると、ツリーも消えてしまうことを配慮して作ったつもりである。

『同志社時報』に、このヒマラヤ杉にまつわる話を書いた。この木は、まさに同志社ゆかりの樹木でもあったことを伝えたかった。短い文章である。どうぞ、ご覧下さい。広報課が、クリスマスツリーの写真も掲載してくれた。


【同志社時報】
烏丸通から西門を入ってすぐ、彰栄館の前に高さ二十メートルのヒマラヤ杉の巨木がある。昨年、この木をクリスマスツリーにしようと提案した。京都一の高さを誇る華麗なツリーとなった。
調べてみると、明治四十四年六月に、新島襄の四人の弟子達が、受洗(洗礼を受ける)二十五周年を記念して、四本のヒマラヤ杉の苗を植樹したことがわかった。その後、建物の新築にともない伐採された木もある。そのうちの一本が、かろうじて風雪に耐えて残ったのである。期せずして、四人の信仰の証しが、九十年の歳月を経て、クリスマスツリーとして蘇ったことになる。不思議な縁である。
 いつも樹下に佇むと、常緑樹の緑の濃いたくましさに圧倒される。
 元来、日本では、松は生命力の象徴であった。実は、ヒマラヤ杉は名称は杉であるが、松の一種である。セピア色の花が咲き、季節が訪れると球果(松ぼっくり)ができる。その種鱗が次々に飛翔して美しいという。ヒマラヤ杉は、同志社の歴史の三分の二を生き抜き、松としての旺盛な生命力を学生達に分かち与え続けてきた。そして、今後も同志社の未来を寿ぎ続けてくれるにちがいない。そうした霊力に満ちた聖樹でもある。

出典:『同志社時報』112号2001年10月発行

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2008年11月19日

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