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Steve Kipner

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コミュ内全体

詳細 2016年3月14日 20:19更新

1979年、いわゆるAOR分野で知る人ぞ知る不朽の名作
「Knock The Walls Down」を発表した他、作曲家としても、
ChicagoのHard Habit to Break、George Bensonの20/20、
Olivia Newton-JohnのPhysical、松田聖子のDancing Shoes、
BoAのBe the Oneなどなど、長年にわたって数多くの
ヒット作を生み出し続けている、Steve Kipner。

彼の作品への思い入れを熱く語り合うもよし、
彼の最近の活動について情報交換するもよし、
どんどん書き込んでください!

公式サイトはこちら(開くと彼の代表曲が流れます):
http://www.stevekipner.com/
Think Out Loud (Steve & Peter Beckett)のMySpace:
http://www.myspace.com/thinkoutloud88
Steveが1970-73にやっていたTin TinのMySpace:
http://www.myspace.com/tintinau

<略歴>
1948年アメリカ生まれ。8ヶ月後にオーストラリアへ移住。
父は1950年代にソングライターとして活躍したナット・キプナー。
1965年には父ナットのプロデュースでSTEVE&THE BOARDとして
レコーディングを経験する。ナット・キプナーはオーストラリアで
ビージーズのデビューに際しプロデューサー的立場で手助けしていて、
ビージーズのレコーディングに息子スティーブも参加している。

1968年イギリス、ロンドンへ渡り、すでに人気グループとなった
ビージーズのモーリス・ギブのプロデュースでTinTinという
バンドを結成しデビュー。1970年にリリースしたアルバムから
「TOAST AND MARMALADE FOR TEA 」が8カ国でNo.1を記録。
アメリカでは1971年5月に最高20位まで上昇する。

1973年にアメリカへ渡りFRIENDSを結成するが音楽活動は停滞、
成功を夢見ながらアメリカでアルバイト生活を続ける。
1979年にオーストラリア時代からの知り合いでオリビア・
ニュートンジョンのマネージャーであった、ロジャー・ディビスと
マネージメント契約。デモテープがRSOレコード(当時人気絶頂で
あったビージーズが在籍するレコード会社)の社長に認められ
4曲をジェイ・グレイドンのプロデュースで制作するが
レコード会社からゴーサインがでず、結局お蔵入りとなる。
その後ロジャー・ディビスの売込みによりエレクトラと
アルバムが1枚リリースできる契約ができて、先の4曲に
さらにジェイ・グレイドンのプロデュースで曲を追加して
ようやく1979年「Knock The Walls Down」でデビュー。
アルバムにはジェイ・グレイドンとエアプレイでコンビを
組んでいたディビッド・フォスターはもちろん、ラリー・
カールトン、ジェフ・ポーカロ、マイケル・オマーティアン、
ビル・チャップリン、ロビー・ブキャナン、グレッグ・マティソン、
トム・ケリーなどそうそうたるメンバーが参加して期待されたが、
残念ながらヒットにはいたらなかった。

しかし、このアルバム制作で得ることのできた人脈が
彼がソングライターとして他のアーティストに曲を提供する
きっかけとなる。ジェイ・グレイドンのすすめでイタリアの
シンガーに提供した曲がイタリアでビッグヒットし、ソング
ライターとしての喜びに目覚める。ロッド・スチュアートを
イメージして書いた「PHYSICAL」がマネジャーのロジャー・
ディビス経由でオリビア・ニュートンジョンがレコーディング
することになり、1982年にビルボードで10週間No.1にとどまる
大ヒットを記録し、ソングライターとして評価が高まる。
同じオーストラリアに縁があるアーティストとしてウマが
あったのかその後もオリビアのために曲を書くことが多く、
1983年にはオリビア主演の映画のサウンドトラックに
スティーブ・キプナー自身のレコーディング曲が収録されている。

この頃、社長クライブ・ディビスからじきじきに電話があり
アリスタレコードとソロアーティストとして契約するが、
音楽の方向性をめぐってレコード会社と折り合いがつかず
結局レコードリリースへはいたらなかった(クライブは彼を
第2のバリー・マニロウとして売り出したかったそうです)。

その後はいろいろなアーティストへ曲を提供しながら、
THINK OUT LOUDというグループで2枚のアルバムをリリース
している。1999年には日本でのみ唯一のソロアルバム
「Knock The Walls Down」がCD化され再発売されました。

また最近ではクリスティン・アギレラの「Genie In A Bottle」
(No.1)や98°の「The Hardest Thing」(No.3)などのヒット曲を
提供し健在ぶりを示している。

(出典 http://takamatsu.cool.ne.jp/divamania/newsonglist52/stephenkipner.htm )

<ディスコグラフィ>

ソロ名義の作品
アルバム「Knock the Walls Down」 1979年
Love Is Its Own Reward (Instrumental) 1978年
[同曲のシングルのうちRSOレーベル版のB面に収録]
I Had To Find It Out For Myself 1979年
[シングル「Knock the Walls Down」のB面に収録]
Catch 22 (2 Steps Forward, 3 Steps Back) 1983年
[映画Two Of A Kind(邦題「セカンド・チャンス」)サウンドトラックに収録]

Think Out Loudとしての作品
アルバム「Think Out Loud」 1988年
* この中のOriginal Sinは同年の映画Cocktail(カクテル)サウンドトラックにも収録
アルバム「Shelf Life」 1997年


<< この他、STEVE&THE BOARD、TIN TINなどとしての作品や、
他のアーティストに提供した作詞・曲作品が多数あり >>

<以下、検索でヒットするように>
スティーブ・キプナー スティーヴ・キプナー
スティーブ・キップナー スティーヴ・キップナー
スチーブ・キプナー スチーヴ・キプナー
スチーブ・キップナー スチーヴ・キップナー

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開設日
2008年11月18日

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カテゴリ
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